目次
-
2013.02.14
-
2013.02.28
-
2013.03.15
-
2013.03.29
-
2013.04.15
-
2013.05.06
-
2013.05.23
-
2013.06.03
-
2013.06.17
-
New!!
2013.07.01
作者情報
| 青井 由 |
| 北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。 |
蝶々の歩き方【完】
2013.06.03
第4話「桃花」の場合(後編)
閉店後、あたしは菅野さんと待ち合わせて、カラオケボックスに向かったんだ。大通りを二人で並んで歩いていたら、突然菅野さんに腕を掴まれたの。そして次の瞬間、菅野さんはあたしを引きずるようにして、走り出したんだ。
もの凄い勢いで菅野さんがダッシュするもんだから、あたしはただただ驚いて、抵抗なんかできなかったよ!
「す、菅野さん! どこ行くんですか!?」
菅野さんは何も答えようとしない。大通りをあっという間に抜けたかと思ったら、その横にある路地に入っていく。それを奥へと進んでいくと、そこは……ラブホテル街だった。
……な、何でこんなところに来ちゃってるの、あたし!
あたしがきょろきょろしているうちに、近くにあったラブホの入口へと、体がだんだん近づいていくんですけど! ……す、菅野さん! 菅野さんが、あたしを無理やりラブホに押し込もうとしてる!
「ちょ、ちょっと、菅野さん! やめてください!」
「何回も指名してやったんだから、一回ぐらいヤラせろよ!」
菅野さんの顔が、いつもの優しそうな顔とは違って、すっごく必死で、気持ち悪い感じになってる……。こ、怖いよ!
「キャバ嬢なんだし、どうせ他の客とも寝てるんだろ?」
そ、そんなことあるかよ! あたしは心で絶叫しながら、手に持ったバッグで菅野さんの顔を叩いた。それでも菅野さんは諦めずに、あたしをラブホの中へと引きずり込もうとする。
「や、やだ!」
あたしは力を振り絞って足を上げると、そのまま菅野さんの靴に目掛けて、ヒールを叩き落とした。
「痛ってぇ!」
菅野さんがしゃがみ込んで足を押さえているうちに、あたしは来た道を戻るように逃げていった。
駅までの道を、あたしは必死で走った。息が苦しい。ヒールを履いている足も、超痛い。何とか駅に着くと、気が抜けてしまい、閉まっている駅のシャッターに寄りかかるようにしてしゃがみ込んだんだ。
近くにいたホームレスが、不思議そうな顔をしてこっちを見てる。……恥ずかしい。知らないうちに涙も出てきていて、あたしは鼻を啜った。
これが、キャバ嬢なの? こんな情けない姿が、あのキラキラした世界で働くキャバ嬢なの? こんな目に遭うために、ケンジと別れてまで、東京に出てきたの?
いろんなことが頭の中をグルグルと回り、それが一段落すると、あたしは急に寂しくなってしまった。こういう時は、誰かと話をしたい。誰でもいいから、今、あたしのグチを聞いてほしかった。
あたしはケータイをバッグから出して、電話帳からケンジの番号を探し出すと、通話ボタンを押してしまった。呼び出し音が鳴るのを聞きながら、あたしは祈っていたんだ。こんな夜中だけど、お願いだから出てよ、ケンジ……って。
「もしもし」
不機嫌そうなケンジの声が聞こえた瞬間、あたしは思わず「ケンジ!」と大声で叫んでしまった。
「あたし! アヤノだよ!」
「何だよ、突然」
「あのさ、ちょっと話を聞いてほしいんだけど……」
あたしはケンジに、東京でキャバ嬢になっていることを話したんだ。「Club Papillon」のことや、キャバ嬢の先輩たちのこと。キラキラ輝く世界に入ることができて、幸せだってことを……。
「だけどね、今日、ちょっと上手くいかないことがあってさ、何かもう、東京もキャバ嬢もイヤになって……」
あたしの言葉に、ケンジは何も答えてはくれなかった。だけどしばらくして、ため息と一緒に、「あのさぁ」という声が聞こえてきたんだ。
「お前、自分で『キャバ嬢になる』って決めたんだよな。そのために、俺と別れて、東京に行くって」
「うん、そうだけど……」
「なら、何で簡単に諦めんだよ。俺を捨てたみたいに、自分の夢も捨てるのかよ、お前は!」
「ち、違うよ!」
「違わねぇよ!」
あたしはケンジに話を聞いてほしいだけなのに。そして、少し優しい言葉をかけてほしいな、って思っただけなのに。ちょっとヤンキーっぽいけど優しいケンジなら、あたしを慰めてくれるって思ったのに……。
「お前って最低だな。二度と電話かけてくんな」
「ちょ、ちょっと、ケンジ!」
あたしが叫んでいる途中に、電話は切れてしまっていた。
「あら、どうしたの桃花ちゃん。浮かない顔ね」
次の日出勤したら、更衣室で沙耶さんが声を掛けてくれたんだ。昨日のこともあったせいか、沙耶さんの優しい言葉が嬉しくって、あたしは「さ、沙耶さん!」と泣き出してしまった。
「ちょっと桃花ちゃん、どうしたの?」
驚く沙耶さんに慰められながら、あたしは昨日の菅野さんとのことを話した。周りで話を聞いていた瑠衣さんや愛姫さんは、「ほら見ろ」みたいな顔をしていたけど、沙耶さんはニコニコしたままで、真剣に話を聞いてくれた。
「はいはい、もう泣きやんで。えっと、その菅野さんってお客様は、結局『ヤリ目的』だったのに、桃花ちゃんとヤれなかったってことよね」
「は、はい、そうだと思うんですけど……」
「じゃあ、これってチャンスじゃない?」
え? これのどこがチャンスなの? そう思ってあたしが顔を顰めても、沙耶さんは笑顔を崩さなかった。
「つまり、桃花ちゃんとヤリたかったんだから、これからはヤラせるフリをして、お店に誘えばいいのよ!」
「で、でも……」
あたしには、そんなことできないよ。他のキャストさんみたいに、お客さんを上手くあしらうなんてできないもん。あたしは「新人」ってことだけがウリなんだし、これから「新人」じゃなくなったら、何のウリもなくなっちゃうんだから。
あたしは正直、もうキャバ嬢を辞めたくなっていた。それを言う訳にもいかなくって、どうしようかって思っていたら、沙耶さんの表情が、急に真面目な感じになっていったんだ。
「桃花ちゃん。あなた、キャバ嬢になりたくって、ここに来たんでしょ?」
沙耶さんはあたしの肩をポン、と叩くと、「ほら、みんなを見て!」と更衣室にいるキャストさんたちへと目を向けた。
「愛姫ちゃんに、瑠衣ちゃんに、ありすちゃん……キャバ嬢ってみんな、綺麗でしょう? どうして綺麗なのか、知ってる?」
あたしが首を振ると、沙耶さんはまた笑顔になった。
「それはね、危ない橋を渡ろうとも、綱渡りだろうとも、みんな必死でキャバ嬢の世界で生きていこうとしているからなの! だから、みんな綺麗で、キラキラしてるの! あなたはそんなキャバ嬢になりたくって、東京まで出てきたんでしょ? それをあっさり諦めるの?」
本当は、諦めたくなんかなかった。みんなみたいに、キラキラ輝くキャバ嬢になりたいって、ずっと思っていた。
「でも、どうしたらいいんですか?」
涙が止まらないままであたしが訊くと、沙耶さんは「そうねぇ」と首を傾げた。
「まずは菅野さんに電話してみたら? 適当に昨日のことを謝って、『お詫びがしたいから、お店に来て』って誘い出せばいいのよ!」
更に沙耶さんは、あたしの耳元でこっそりと、「愛姫ちゃんになったつもりで、電話してみなさい」ってアドバイスしてくれたんだ。
なのであたしは、その場で菅野さんに電話をかけることにした。電話に出た菅野さんは、機嫌が悪そうだったけれど、あたしは深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして「愛姫さんっぽくしゃべろう」って心で唱えたんだ。ちょっとアイドルっぽい感じの、愛姫さんの声をイメージしながら。
「菅野さん、き、昨日はごめんなさい。あたし、菅野さんのことが大好きだから、昨日はいきなりホテルに誘われて、舞い上がってびっくりしちゃったんですー!」
うん、上手く言えた! ……って思ったら、菅野さんの雰囲気も一気に変わったのが分かる。「ふ、ふーん。そうだったんだ」なんて、ちょっと図に乗った感じの菅野さん。よし、あと一押し!
「だから、またお店に来てくださいね。昨日のお詫びをしますから!」
「わ、分かった。じゃあ、今日行くよ」
「本当ですか! 嬉しい! 待ってまーす!」
電話を切ると、あたしの周りでは他のキャストさんたちが見守ってくれていた。「グッジョブ!」って感じで、親指を上げる愛姫さん。うんうんと、納得するみたいに頷いている瑠衣さん。そして沙耶さんがニコニコしながら、「あとは桃花ちゃんの腕の見せ所よ!」と背中を叩いてくれた。
「お客様が『いつかヤれるだろう』って思っている間に、たくさん稼ぐのよ!」
この日、菅野さんは本当にお店に来てくれたんだ。早速テーブルについたあたしは、胸を押しつけるようにして、菅野さんの腕にしがみついたの。この前、愛姫さんがお客さんにやっていたみたいに。
「菅野さん、昨日は本当にごめんなさい! あたし、大好きな菅野さんとホテルに入るって思ったら、ドキドキしちゃって、あんなことしちゃったの! お願い、許してね?」
上目遣いで菅野さんをじっと見つめて、優しく呟いてみた。これも愛姫さんのマネなんだよねー。これが効果バツグンで、菅野さんの鼻の下がにょーんと伸びていくのが分かる。ふふ、やったね!
「き、気にしなくていいよ、昨日のことは。じゃあ、また、アフターに誘ってもいいかな?」
うるせぇ、スケベ男。そう思ったけど、あたしは沙耶さんみたいににっこりと笑って、「うん!」って返事をしたんだ。
「だけどあたしは、ここで菅野さんと美味しいお酒を飲んでいるのが、一番楽しいんだけどなぁ。たとえば、モエ・エとか飲みながら……」
あたしが更に上目遣いで攻め続けると、菅野さんはスケベっぽく笑いながら、「じゃあ、モエ・エを注文しようかな?」って言ったんだ。
よし、やった! あたしは心の中でガッツポーズをする。だってこの時、やっと本当のキャバ嬢になれたような気がしたんだもの。
イイネ!
19人がイイネ!と言っています。
■注意■
- ●この小説はすべてフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
- ●この小説の著作権は「ポケパラ」にあり、無断転載(部分引用含む)は禁止です。
- ●無断転載を行った場合、著作権法の違反となります。


