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ポケパラノベル
ポケパラ体入>ポケノベ>蝶々の歩き方>第3話 「ありす」の場合(前編)
小説タイトル
イラスト:lid

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトル蝶々の歩き方【完】 更新日時2013.04.15

第3話 「ありす」の場合(前編)

小説挿絵  ショートケーキ、ガトーショコラに、モンブラン。あ、シュークリームもあるんだ。……うーん、選べないよ。
 わたしが働いている「Club Papillon」の近くにある、このケーキ屋さん。ここは夜遅くまで営業してるから、アフターがない日はよく立ち寄るんだ。
 ケーキを選ぶのって、難しいよね。だって、どれも美味しそうに見えちゃうんだもん。うーん、どうしようかなぁ。かっちゃんは「何でもいい」って言ってたけど。
 じゃあ、フルーツタルトにしようかな? あ、待って! こっちのミルフィーユも美味しそう!
 必死でわたしが考えていると、バッグの中で携帯電話が鳴ったんだ。取り出して見てみると、かっちゃんからメールが来ていたの。
「遅い。殺す」
 かっちゃんらしい、短いメール。わたしは「ケーキ選んでるから、待っててね」って返信して、またケーキを選び始めたんだ。
 チョコレートで覆われたザッハトルテを見ていると、色黒のかっちゃんみたい、って思っちゃう。そして、こっちのレアチーズケーキは、色白の沢村さんかな?
 沢村さんは今日、フリーで来たお客さんのこと。スーツが似合う、カッコいい人なんだ。……あー、沢村さん、素敵だったなぁ。それにとっても優しかった! わたしの腕の痣を見つけて、「ありすちゃん、これ、どうしたの?」ってすっごく心配してくれたんだもん!
「あ、これ? 実は……」
 わたしってば、うっかり「彼氏のかっちゃんに殴られた」って言いそうになっちゃった! 「彼氏がいる」だなんてお客さんに言うのはNGだし、どうしよう……って迷っていたら、沢村さんに「これ、殴られた跡だよね?」って訊かれちゃったんだ。
「もしかして、男に殴られたのかな? 手を上げるような男には、近づかない方がいいよ」
「そんなことないよ! かっちゃんは……」
 あ、マズい! わたしは思わず、口を手で押さえちゃった。彼氏の名前をお客さんの前で出したってバレたら、また店長やボーイに怒られちゃうよ! 特にベテランのボーイの加藤ちゃんなんて、わたしがドジする度に、すっごく怖い顔で怒るんだから!
 そんな時の、加藤ちゃんの悪魔みたいな顔を思い出したら、本当に怖くなってきちゃって……思わず泣いちゃったの。沢村さんの顔が、涙の中でぼやけていくのを見ながら、わたしは「ご、ごめんなさい! 変なこと言っちゃって!」って謝ったんだ。
「今、わたしが言ったことは、内緒にしてくださいね。そうじゃないと、みんなに怒られちゃうから……」
 そう言えば、「今度、お客さんに彼氏がいることをバラしたら、罰金!」って加藤ちゃんに言われてたんだった! どうしよう……。
 だけどね、沢村さんは優しく「大丈夫だよ」って言って、わたし手を握ってくれたんだ。
「ありすちゃんは、優しいんだね。自分を殴るような男を庇うなんて」
「ううん。優しいのは沢村さんです。こんなわたしに、親切にしてくれて」
「『こんな』なんて言い方は、よくないよ。ありすちゃんは……えっと、その……」
 握った手にぎゅっと力を込めて、沢村さんは言ってくれたんだ。「ありすちゃんは、可愛いくて、いい子だよ」って。
 きゃー! 沢村さん、大好き! こんなに沢村さんのことばっかり考えちゃうんだから、これってきっと恋よね?
「あの……お決まりになりましたか?」
 ケーキ屋さんの店員さんが、呆れたような顔で訊いてくるので、わたしは「は、はい!」と大きな声で返事をしたの。そして迷った結果、わたしはかっちゃんのために、ザッハトルテを買ったんだ。
 ケーキ屋さんを出て、急いでアパートに帰ると、ドアを開けた瞬間、「遅せぇよ!」ってかっちゃんに怒鳴られちゃった。
「ったく、グズだな、お前は! 店から帰ってくるまでに、何分かかってんだよ!」
「ご、ごめんね。ほら、明日はかっちゃんの誕生日でしょ? だからケーキを買っていこうって思って、選んでたら遅くなっちゃって……」
 かっちゃんはわたしの手からケーキの入った箱を取り上げると、乱暴にそれを開けたんだ。そして中を見るなり、「あぁ?」って叫んだの。
「何でこんなケーキ、買ってきてんだよ! お前、俺がチョコレート苦手なの、知ってんだろ?」
「え? そうだったっけ?」
「うるせぇ! このバカ女!」
 かっちゃんはそう叫びながら、ケーキを箱ごと床に放り投げていた。潰れたザッハトルテがフローリングに飛び散るのを見ていたら、わたしもかっちゃんに床に叩きつけられていたの。痛い、って叫んだ瞬間に、わたしの体に、かっちゃんの蹴りが飛んでくる。
 でもね、こんなのはいつものことだから、平気なの。かっちゃんが、本当は優しい人だってことは知ってるし! だってかっちゃんは、わたしが「やめて」って言うと、すぐに殴ったり蹴ったりするのを止めてくれるもの! 本当に優しいんだから、かっちゃんは!

「ありすちゃん、また痣が増えてない?」
 あの日以来、マメにお店に来てくれるようになった沢村さん。この日もわたしを指名してくれて、心配そうにわたしの体を見ている。
「あ、そうかな? でも、大丈夫だよ」
 かっちゃんにつけられた痣は、なるべく隠したいんだけど、キャバクラ用のドレスだと肌が出ちゃうから、なかなか隠せないんだよね……。
 更衣室でも、他のキャストさんたちに心配されたけど、本当に大丈夫だし。だって、優しいかっちゃんが、ちょっと怒っただけのことなんだから。なのに沢村さんったら、「大丈夫じゃないだろう! こんなに痣を作っておいて!」って、白い顔を赤くしていくの。
 そしてグラスの水割りを一気に飲み干して、沢村さんは「なぁ、ありすちゃん!」って、突然真剣な顔になったんだ。
「こうやって君を傷つけている男と、一度話をさせてくれないか?」
「え? かっちゃんと?」
 えーっ! 何でそんなこと言うんだろう? 変なの。沢村さんは、かっちゃんと何の話をするつもりなのかなぁ?
 不思議に思って首を傾げていたら、沢村さんはわたしの手を握り締めて、「僕は、本気なんだ」って言うの。
「僕はありすちゃんと、客とキャバ嬢という関係じゃなく、本気でお付き合いしたいと思っているんだ!」
「さ、沢村さん!」
 わたしは驚いて、何度も瞬きをしちゃった。だって沢村さんが、昔のかっちゃんと同じことを言うんだもん! かっちゃんがお客さんとして、この「Club Papillon」に来てた頃、わたしに「俺と本気で付き合おう」っていつも言ってくれてたから……。
 あの頃のかっちゃん、とってもカッコよかったの! わたしをいつも指名してくれるようになって、そして「俺と一緒に住もう」って言ってくれて、すぐに同棲し始めたんだよね。それからは、かっちゃんはあんまり働かなくなって、わたしをよく殴るようにもなっちゃったけど。
 今の沢村さんも、あの頃のかっちゃんみたいに素敵だなぁ。こんなに優しくしてくれるなんて! わたしって、優しくされると、すぐにその人のことを好きになっちゃうから……。
 わたしは手を繋いだまま、そっと沢村さんの肩に頭を乗せて、「ありがとう」って呟いたんだ。そしたら沢村さんは、わたしの肩を抱き締めてくれたの。
「わたし、沢村さんのこと、大好き!」
「ぼ、僕もありすちゃんのことが大好きだよ」
 沢村さんの、照れて震えてる声も素敵だなぁ、って思いながら、わたしはかっちゃんと沢村さんのことを考えていたんだ。わたしは沢村さんも好きだし、かっちゃんも好き。それだけなの。だから、沢村さんとかっちゃんが、話し合いなんかする必要はないんだけど……。
 沢村さんが帰っちゃった後、今度は常連客の鎌田さんからの指名が入って、急いで鎌田さんのテーブルについたんだ。
 鎌田さんは三十歳で独身の、この店の近くにある町工場の、社長の三代目なんだって。いつも工場の作業着のまんまでお店に来てくれる、とーってもいい人なんだ!
「ありすちゃん、どうしたの? 今日、暗くない?」
 機械油が染み着いた手でグラスを握りながら、鎌田さんが言うの。わたしが「う、ううん。何でもないよ」って首を振っても、鎌田さんは納得していないみたいだった。
「もしかして、例の、暴力を振るう彼氏のことで悩んでるの?」
 そうだった。鎌田さんにもかっちゃんのこと、バレてたんだよね。この前指名してくれた時に、かっちゃんのことをうっかり言ったんだった! それでボーイの加藤ちゃんに、さんざん怒られたっていうのに……本当にわたしってバカ!
 でもね、鎌田さんは優しいから、そんなバカなわたしのことをずっと指名してくれているの。だから鎌田さんには、ついつい甘えちゃうんだよね。
「かっちゃんのこと、っていうか、お客さんのことでね、ちょっと悩んでいるの」
 わたしは、さっき沢村さんがかっちゃんと話し合いたいって言ってたことを打ち明けたの。そしたら、何だか涙が出てきちゃって……。かっちゃんのことも、沢村さんのことも、本当に大好きなんだよ! それだけなのに……って思っていたら、泣いちゃってたんだ。
「ありすちゃん、泣かないで!」
 鎌田さんはわたしの両手を握って、大きな声で励ましてくれたの。
「結局、ありすちゃんの彼氏も、その客も、ありすちゃんを苦しめてる、ってことだよな? 俺、そういう連中は許せないよ! そいつらは、ありすちゃんの優しさにつけ込んでるんだよ!」
「ううん。そんなことないよ。優しいのはわたしじゃなく、かっちゃんや、沢村さんの方なの。だって、こんなバカなわたしに優しくしてくれるんだもの! それに、鎌田さんだって優しいよ!」
 そう。鎌田さんだって、本当に超優しいの。おバカなわたしを、こうやって慰めてくれるなんて、こんなに優しい人はいないよ。
「鎌田さん、話を聞いてくれて、ありがとう」
 わたしが涙交じりの顔で笑うと、鎌田さんは照れながら「いや、その」って頭を掻いていた。その仕草が何だか可愛くって、わたしは「鎌田さん、大好きだよ」って呟いたんだ。
 こういう優しい人って、本当に大好き! わたしが鎌田さんの顔をじっと見つめていると、鎌田さんは真っ赤な顔をして、もじもじしてる。そして「お、俺もだよ。俺もありすちゃんが、好きだ」と言ってくれたんだ!
 嬉しい! 鎌田さんって、本当に優しいなぁ!
 わたしがキャバ嬢になった時って、付き合ってた彼氏にフラれたばっかりの頃だったんだよね。一人でいるのがとっても寂しくって、優しくしてくれる男の人に出会いたいなぁ、って思って、このお店に入ってキャバ嬢になったんだけど、お客さんは本当に優しい人ばっかりだった。
 かっちゃんに、沢村さんに、鎌田さん……みんな優しくって、みんな大好き。もしわたしが三人いたら、かっちゃんと沢村さんと鎌田さん、それぞれと付き合うことができるのになぁ……。

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第3話「ありす」の場合(後編) は5月6日公開予定です。

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