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2013.07.01
作者情報
| 青井 由 |
| 北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。 |
蝶々の歩き方【完】
2013.07.01
第5話 「沙耶」の場合(後編)
「沙耶さん、宮間様がだいぶお待ちなんですよ」
立て続けに入った指名に対応するために、あちこちのテーブルに移動をしていた私へと、ボーイの加藤ちゃんが声を掛ける。
ベテランのボーイだけあって、加藤ちゃんの客あしらいはかなりのものだ。だけど、そんな加藤ちゃんが訴えてくるのだから、宮間さんがかなりの「お怒りモード」だということだろう。
「了解。今のお客様が帰ったら、すぐ行くから!」
一組のお客様の見送りを終えると、私は急いで宮間さんの待つテーブルへと向かう。様々な金融取引で財を築き上げて、いわゆる「ヒルズ族」になった、かなり羽振りのいい宮間さん。いつも金にモノを言わせて、ヘルプの子やボーイたちに酷い態度を取るので有名なのよね。
宮間さんのテーブルに行くと、案の定、ヘルプに入っていたキャストたちが、泣きそうな顔をしていた。
「ごめんね。後は私が入るから大丈夫よ」
彼女たちに小声で囁き、私は宮間さんの隣に座った。
「宮間様、お待たせして申し訳ありません」
「沙耶! お前も随分と偉くなったもんだな! この俺を、こんなに待たせるなんてな!」
宮間さんは、小柄で華奢な体を無理やり大きく見せるように、肩を怒らせている。
「まぁ! そんなにお待たせてしてしまいました? 私は、宮間さんに会えるまでなんて、あっという間としか思えないんですよ。 だって、宮間さんにお会いできるのが楽しみで、わくわくしちゃって、その間の時間なんて全然感じないんです!」
この言葉で、宮間さんの機嫌は一気に良くなる。こういう所は、うちにいる男と変わりない。「もうお店に行くの?」「早く帰って来て」なんて拗ねるくせに、私がちょっと宥めただけで機嫌が良くなるんだから、あの男も!
「沙耶が来たなら、まずは注文だ! ドンペリ持って来い! 今日は五本注文してやる! ありがたく思えよ、沙耶!」
宮間さんは今日が〆日だと知って、私に恩を売るかのように高額な注文をする。まったく、成金根性丸出しの、ダッサい注文の仕方よねぇ!
ドンペリのボトルがテーブルに運ばれて来ると、宮間さんはヘルプのキャストたちに、「ほら、お前たち、好きなだけ飲め!」と叫んだ。
きゃー、とキャストから喜びの声が上がるのを聞きながら、私は宮間さんに「ありがとうございます」と礼を言う。すると宮間さんは、突然ジャケットの内ポケットから、分厚い封筒を取り出した。そしてそれを、テーブルの上に投げ捨てる。
ドン、と鈍い音を立ててテーブルに置かれたそれには、どうやら札束が入っているようだった。それに気づいたのか、自分たちで酒を注ごうとしていたキャストたちの手も、一瞬で止まってしまう。
私も驚き、「あの、宮間さん」と戸惑いの声を上げた。すると宮間さんはふん、と鼻を鳴らし、私の肩へと短い腕を無理やりに回した。
「ひと月にこれだけ、お前にやるよ。だから、俺の愛人になれ」
「えっ! 私がですか?」
「そうだよ。お前が俺のモノになれば、こんな店で、スケベなジジィとか、イヤミな野郎なんかに、愛想を振りまかなくてもいいんだぜ?」
い、いや、あなたもその「イヤミな野郎」の一人なんですけど……。私はテーブルへと手を伸ばし、その封筒を持ち上げた。手触りでその厚みを確認すると、封筒を宮間さんのジャケットの中へと戻していく。
「悲しいです。宮間さんが私のことを、そんな風に思っていたなんて」
「はぁ? どういうことだ? この金じゃ足りねぇってのかよ!」
「そうじゃなく……私とのことを、こんなお金だけの関係として考えていたなんて……」
ここは涙を浮かべたい所よね。それならば、と私はこの前、うちにいる男と一緒に見た「となりのトトロ」のワンシーンを必死で思い出した。あの、メイがとうもろこしをお母さんに届けようとするところ! あそこは泣けるのよ! あのシーンを思い浮かべると、自然と涙が浮かんでくるんだもの!
「私、宮間さんとは、お金だけの関係になりたくないんです」
やっとのことで潤んだ目を、私が向けた瞬間、宮間さんの顔色が変わったのが分かる。こういう成金には、お金目当てで近づいてくる女の人が多いから、逆に「お金目当てじゃない」ということをアピールすると、効き目があるのよね。
「そ、そうか。な、ならいいんだよ。俺だって沙耶とは、金だけの関係とは思ってないからな!」
じゃあ何でお金なんか出すの? と、内心笑ってしまったわ。それに、さっきの封筒に入っていたぐらいのお金なら、この「Club Papillon」で、ひと月かからずに軽く稼げるもの。甘く見ないでほしいわ!
多くのお客様で賑わったこの日の閉店後、ホールに全てのキャストとボーイが集められた。〆日恒例の、ランキングの発表を兼ねたミーティングのためにね。
「今月のナンバーワンは……沙耶ちゃん!」
あー、よかった! お陰様で、今月もナンバーワンになることができたわ!
「おめでとう! 今月もダントツのナンバーワンだね!」
みんなの前へと呼び出された私は、ナンバーワンだけが貰えるボーナスを、店長から手渡される。これって、ちょっと誇らしい気分になれる瞬間なのよね。
その後もランキングの発表が続き、来月のノルマやイベントの話が出た所で、長いミーティングがやっと終わった。
帰る支度をしようと更衣室に行くと、愛姫ちゃんが「飲みに行こう!」とみんなを誘っている。アフターの予定がないキャストたちは、「行く行く!」と元気に手を上げていた。
「沙耶さんも、行きませんか?」
愛姫ちゃんが声を掛けてくれたんだけど、私は首を横に振った。
「ごめんね。うちにいる男が、早く帰って来いってうるさいのよ」
「そっかぁ」
残念そうな様子の愛姫ちゃんに、私はさっき貰ったボーナスの袋を、そのまま渡した。
「その代わり、これで飲んできてよ!」
「えっ! こ、このお金貰っちゃって、いいんですか?」
「もちろん! だって私がナンバーワンを取れるのは、みんなが協力してくれるお陰だもの! みんなで楽しんできて!」
私は着替え終えると、「じゃあね!」と更衣室を出て、隣の事務室に入ってタイムカードを押した。すると、薄い壁を通して、更衣室の話し声が聞こえてくる。
「沙耶さん、カッコいいねー。こんな大金をポン、ってくれるんだもん!」
「でもさ、沙耶さんってヒモがいるんでしょ? いつも言ってるもんね、『うちの男がどうのこうの……』って」
「ヒモを養うのも、大変そうだよねー」
見当違いなみんなの会話に苦笑いしながら、私は事務室にいた店長に挨拶をして、通用口から外へと出た。
道に溢れ返るホストクラブの勧誘をすり抜けて、私は真っ直ぐに繁華街の奥を目指す。私にとって大切なあの男を、一秒でも早く迎えに行くために。
大通りの突き当たりの角にあるビルに入り、エレベーターで五階へと上がる。降り立ったフロアの一番手前にあるドアには、「24時間対応 ハッピー保育室」と書かれた看板が貼りつけられていた。
私がその部屋のインターホンを押すと、すぐさまドアが開き、馴染みの保育士さんが顔を覗かせる。
「お疲れさまです。亮太くん、今日もいい子でしたよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
保育士さんが開けてくれたドアから中へと入り、プレイルームを抜けて、奥にある薄暗い部屋へと向かう。「おやすみルーム」と呼ばれるその部屋で、亮太は他の子供たちと一緒に眠っていた。
三歳児らしい、ぷっくりほっぺの亮太の寝顔。両手を思いっきり頭の上に伸ばして、ぐっすりと眠っている。そんな亮太を抱きかかえ、保育士さんに礼をして、私は保育室を出た。
ビルから出て、自宅のあるマンションへと向かって歩き始めると、突然亮太が「ママ?」と、寝言のような声を上げた。私は「うん。ママだよ」と返事をする。
「早くおうちに帰ろうね。バームクーヘンがあるから、明日一緒に食べようね」
「うん」
亮太は寝ぼけた様子で返事をして、私の肩にぎゅっとしがみついた。その横顔は、段々とあの人に似てくる。あの夏の日、海で死んだあの人に。
あの人が死んだ時、私はキャバ嬢を辞めようと思っていた。あの人と出会ったきっかけである仕事を続けていれば、嫌でもあの人のことを思い出してしまいそうだったから。
だけどお腹にこの子がいると分かってから、決心してしまったの。やっぱり私にはこの道しかない、って。
「君は、キャバ嬢でいる時が、一番輝いているよ」
あの人が言ってくれたその言葉を信じて、私は今も、こうしてキャバ嬢を続けている。キャバ嬢として輝いている私を、この子にも見せたいと思っているから。そして、スケベなオヤジ、高飛車なエリート、チビの成金……この世の全ての男たちに、私の輝きを見せつけるためにも。
そう、私にとっては、みんな「男」なの。みんな、この子と同じ男。甘えん坊で、暴れん坊で、寂しがり屋な男。亮太も、あの人も、太田さんも藤井さんも宮間さんも、みんな男なの。みんな、可愛い男。
私はそう心で呟き、亮太の体温を感じながら、夜の街を歩いていった。
完
イイネ!
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