北海道東北甲信越北陸関東静岡東海関西中四国九州沖縄

ポケパラノベル
ポケパラ体入>ポケノベ>蝶々の歩き方>第2話 「瑠衣」の場合(後編)
小説タイトル
イラスト:lid

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトル蝶々の歩き方【完】 更新日時2013.03.29

第2話 「瑠衣」の場合(後編)

小説挿絵 「瑠衣ちゃん! 人の客を奪うなんて、酷いじゃない!」
 その日の閉店後、更衣室で寧々が早速つっかかってきた。周りを囲む他の嬢たちも、私に責めるような視線を向けている。
 こんなことは想定内。だから私は全く焦ることなく、寧々に嫌みっぽく笑いかけた。
「あら、私、何か悪いことした? 下田さんが寂しそうにしてたから、お相手してあげているうちに、下田さんが私に心奪われちゃった、ってだけでしょ?」
「だからって、指名替えまで約束させることないでしょ!?」
「それって、私を責めてるの? それとも、下田さんを?」
 私がしれっと言うと、寧々の頬がみるみるうちに膨らんでいく。今にも破裂しそうな風船みたいだ。私はその風船を更に膨らませてやろうと、寧々へと一歩近づいた。
「男の人が、綺麗な女を好きなのは、仕方ないことよ。だって、寧々ちゃんのタヌキ顔を見てるよりは、私の綺麗な顔を見てる方がいいに決まっているものね!」
「ふ、ふざけんな!」
 とうとう怒りを爆発させた寧々が、私に掴みかかった。私の胸元を引っ張り、こちらに目掛けて平手を振り下ろそうとしている。他の嬢たちは悲鳴を上げて、「寧々ちゃん、やめて!」なんて叫んでるけど、誰も本気で寧々を止めようとはしない。
 ヤバい。このままだと、マジで叩かれる――そう思って目を瞑っていたら、突然大きな声が聞こえてきた。
「寧々ちゃん! 瑠衣ちゃん! 止めてちょうだい!」
 目を開けると、店のナンバーワンの沙耶が、ドアから入って来たところだった。沙耶は私たちの許に素早く駆け寄ると、寧々の手を押さえて、その体を私から引きはがした。
「寧々ちゃん、落ち着いて。ここは、私に任せて。ね?」
 顔をくしゃくしゃにして涙を流す寧々を宥めると、沙耶はくるっと体を捻り、いつもの営業スマイルを浮かべた。
「ねぇ、瑠衣ちゃん。あなたがどんなに魅力的だったとしても、他の子のお客さんを横取りするのは、ルール違反よ」
 ルール? 何それ? 私は腕を組んでロッカーに寄りかかると、顎をしゃくり上げた。
「ルールだなんて、そんな法律、この国にありましたっけ? 私、一応法学部なんですけど」
「法律とかじゃなく、常識でしょ? そういう常識を心に持っているのが、『いい女』ってことよ! 瑠衣ちゃんは美人なんだから、もっと『いい女』になるためにも、常識を持っていなくちゃ!」
 うるせぇ! 説教するなよ、クソ女! 大体、この世はそんな常識やルールなんかでは回っていない。ルールがあるとすれば、それは、私みたいな綺麗な女は、いつ、どんな時でも、男たちにちやほやされて幸せになれる、ってことだけだ。
 このキャバクラの世界でも、綺麗な女が勝ち残るって決まってる。そして男に相手にされないような女は、私のような美人を悔しがりながら見ていればいいんだよ!
 私が全く聞く耳を持たない態度を取っていると、沙耶は私の前へとやって来て、またもやにっこりと笑った。
「よく、お母さんとかに怒られなかった? 『人に嫌なことをすると、自分に跳ね返ってくるわよ!』って。私が言いたいのは、そういうことよ」
 周りの嬢たちは、沙耶の言葉に頷いて、私に嫌悪を含んだ顔を向けている。こいつらが私をどう思っていようとも、全然気にならない。こんなショボいキャバ嬢たちなんか、私にとっては小蠅レベルの存在なんだから!
 だけど、この沙耶にだけには負けたくない。こいつがずっとナンバーワンでいることに、前から腹が立っていた。私の方が若くて、よっぽど美人なのにさ!
「沙耶さん、自称二十五歳、でしたっけ? だけど、今みたいなババくさい説教するなんて、本当はものすごーくババァなんじゃないですか?」
 私の罵声にも、沙耶は表情を一つも変えず、「瑠衣ちゃん、残念!」とニコニコと笑っている。
「私は自称二十五歳なんかじゃないわよ。永遠の二十歳でーす」
 うるせぇ、ババァ! 何言ってんだよ! 時々、目尻にシワが出てるくせに!
「じゃあ、楽しみにしてますから。沙耶さんが言った、『自分に跳ね返ってくる』っていうヤツを」
 私が沙耶に背を向けると、他の嬢たちがヒソヒソと話し始める。どうせまた、私の悪口でも言ってるんでしょ? 本人を目の前にして言うぐらいなら、いつものように掲示板でウサ晴らしでもしてろよ! どうせ客に媚を売って、セコセコと指名を稼ぐしか能がないくせに!
 それにしても、沙耶には腹が立つ。この私に説教するなんて! 何とかあの女の鼻を明かせる方法はないか……って考えてたら、ふといいことを思いついた。
 で、次の日。この日も辛島さんを含めて、何人かの指名客が店に来てくれることになっていたけど、空いている時間に、私はあえてヘルプにつくことにした。何故なら、ヘルプにつくべきテーブルに、沙耶の太客の太田さんがいたから! つまりこの太田さんを、沙耶から奪ってやるチャンス、ってこと!
 何せ太田さんは、この「club Papillon」全体でも、一、二を争う太客。そんな客を私のモノにすれば、私がナンバーワンになれる、ってことでしょ?
「太田様、こんばんは。瑠衣です」
 太田さんの前に行ったら、まずは顔が綺麗に見える角度で礼をする。太客中の太客だけあって、何人もの嬢がヘルプについたけど、私はその子たちを押し退けて、太田さんの隣に座った。
 太田さんは七十歳近いおじいちゃんだけど、いつもこの「club Papillon」にやって来ては、沙耶を指名して大金を落としていく。私がナンバーワンになるためにも、絶対に太田さんを私の指名客にしてやる――そんな野望を抱えて、私は張り切って笑顔を作り、おしぼりを渡す。そして間髪入れずに水割りを作っていたら……な、何だこのジジィ! いきなりお尻を触ってきた!
 私が咄嗟に睨みつけても、太田さんは平気な顔をしている。その上、さり気なく胸まで触ってる! このジジィ、ここをおさわりパブだと勘違いしてるんじゃないの!?
 い、いや、でも! 沙耶はこんなボディタッチを許しながらも、このジジィから金を引きずり出してたのかもしれないし……って、最初のうちは我慢していた。だけど、何度もお尻を撫で回されることに我慢ができなくなって、とうとう私は、太田さんの手を引っ叩いた。
「太田さん、いい加減にしてくれません?」
「何をだ?」
 スケベったらしい笑いを浮かべる太田さんに、「私の体を触ることですよ!」と私は叫んだ。
「私、大学ではミス・キャンパスにもなってるし、女子アナやモデルも目指してるんです。そんな私の体に触るなんて、非常識ですよ!」
 怒った表情の私を見て、太田さんは驚いている。……よしよし。こうやって、まずは脅しておいて、後で少し優しくする。そうすれば、どんな客でも私になびいてくること間違いなし!
「でも、太田さんが今日、私を指名してくれたら、許してあげようかなー?」
 私は太田さんにしなだれかかって、顔を寄せた。私のこの綺麗な顔を見れば、どんな男だってうっとりしてしまうんだから! 太田さんだって、あんなババァの沙耶より、若くて綺麗な私の方がいいに決まってる!
 なのに太田さんは、私の顔をじーっと見た後で、突然大笑いを始めた。
「はははは! お前はつまらんのぉ!」
「え?」
「沙耶はな、わしが尻や胸に触ろうとすると、『手を置く場所が違いますよ!』と言って、わしの手を上手くかわすんだ。時には『手にストレスが溜まっていらっしゃるのかも』と、掌をマッサージしてくれることもある。沙耶とのそんな駆け引きが面白くて、わしは毎度ここに来てるんだよ」
 だから何なんだよ、と私は心の中で思っていると、太田さんは横目で私を見て、「ほら、顔に出とるぞ。お前の醜い心が」と呟いた。
「お前はただツンツンして、客を怖がらせているだけじゃないか。その綺麗な顔だけで、客を取れると思っているんだろう?」
 図星なだけに、私は何も言うことができない。表情を固まらせていると、太田さんは「顔だけで客が取れるほど、甘くはないぞ」と笑った。
「顔なぞ、所詮上っ面にしか過ぎん。例えば、わしにおしぼりを渡した時、お前はわしが熱がっていたのに気づかんかったか?」
「あっ! えっ! そ、そうでしたか? 申し訳ありません!」
 私にしては珍しく、素直に謝ってしまった。だけど太田さんは「もう遅いわ!」と、怒った口調で吐き捨てる。
「沙耶は、初回からすぐに気づいたものだよ。わしが熱いおしぼりが苦手だ、ということにな。そしてそれ以来、いつでもぬるめのおしぼりを特別に用意してくれてなぁ」
 え? そんな気遣いって必要? だってキャバクラって、男が綺麗な女に会いにくる場所でしょ? 接客どうのこうのよりも、顔やスタイルの良さがモノを言う世界なんじゃないの? お客に媚を売る女よりも、綺麗で、男にちやほやされる女が勝ち残れるんじゃないの? 違うの?
 頭が次第に混乱していくのを感じていると、後ろのテーブルから「場内指名でーす!」という声が聞こえてきた。振り返ると、そのテーブルには私の太客の辛島さんが座り、隣には何故か沙耶が座っている。辛島さんは楽しそうに沙耶に微笑んで、私には入れてくれたこともないような、高級な焼酎の瓶をテーブルに載せていた。
 私の視線に気づいた沙耶が、辛島さんに何かを告げて席から立ち上がると、こちらへと歩み寄って来た。
「太田様、ご指名いただいたのに、長らくお待たせして申し訳ありません」
 沙耶は太田さんに頭を下げた後、私に向かって、「ごめんね、瑠衣ちゃん」と微笑んだ。
「瑠衣ちゃんが熱心に太田さんについてくれていたから、お邪魔かな、って思って、代わりに私が辛島さんにヘルプでついてたの」
 そう言って、沙耶はハンドバッグから名刺を一枚取り出した。それは、辛島さんのもので、彼の携帯の番号と、メアドが書いてある。
「辛島さんったらね、『瑠衣ちゃんがいつも怒っていて怖い』『プレゼントをしても、全然喜んでくれない』っておっしゃるのよ。だから私、辛島さんが可哀想になっちゃって、目一杯優しくしてあげたの。そしたら、今度からは瑠衣ちゃんじゃなく、私を指名してくれるって!」
「さすがは沙耶だ! 他のキャバ嬢の客を、簡単に横取りできるとは! わしが見込んだだけあるのぉ!」
 私の横で、太田さんが喜んだように声を上げた。同じテーブルにいた他の嬢たちも、クスクスと笑っている。……な、何で私が、こんな恥ずかしい目に遭わなきゃいけないの!?
「ひ、人の客を奪うなんて!」
 思わず立ち上がって叫ぶと、沙耶は「静かに! お客様の前よ!」と、私を無理矢理ソファに座らせた。
「他の子のお客様を奪ってはいけない、なんてルールはない、って言ってたのは、瑠衣ちゃんだったわよね?」
 だから私の客を奪った、ってこと? ふ、ふざけんな!
「この、クソババァ!」
 私が腹立ち紛れに叫ぶと、沙耶は「だから違うって言ったでしょ?」と笑い出す。
「私はババァじゃなく、永遠の二十歳なの! それにね、人に嫌なことを言うと、自分に跳ね返ってくるのよ」
 この前の言葉を繰り返すと、沙耶は私の耳元に口を近づけた。
「つまり、あなたもいつかはババァ、ってことね」
 地獄の底から響いてきたかのような、その声。……怖い。何だかよく分からないけれど、怖い。私がマジでババァになったかのようにさえ思えてくる。恐怖で引き攣ってしまった私の頬を、沙耶は「何て顔してるの!」とペチン、と叩いた。
「キャバ嬢の命は、笑顔よ! ほら、笑って! 辛島さんだって待ってるのよ。瑠衣ちゃんが笑ってくれるのをね!」
 沙耶は私を立たせると、そっと背中を押した。その方向のテーブルには、辛島さんがいる。
「さぁ、辛島さんに笑顔を見せてあげて! 『あんなババァじゃなく、これからも私を指名して!』って言いながらね!」
 そう言って、沙耶が微笑んでいる。それは、ババくさいものでも、営業スマイルでもない、綺麗な笑顔だった。これぞナンバーワン、って感じの、余裕の笑顔。
 こんな風に上手く笑えるだろうか、と思いながらも、私は前を向き、一生懸命笑顔を作って、辛島さんのいるテーブルへと歩いていった。

------------
第3話「ありす」の場合(前編) は4月15日公開予定です。

■注意■

  • ●この小説はすべてフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
  • ●この小説の著作権は「ポケパラ」にあり、無断転載(部分引用含む)は禁止です。
  • ●無断転載を行った場合、著作権法の違反となります。
ページトップへ