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ポケパラ体入>ポケノベ>蝶々の歩き方>第3話 「ありす」の場合(後編)
小説タイトル
イラスト:lid

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトル蝶々の歩き方【完】 更新日時2013.05.06

第3話 「ありす」の場合(後編)

小説挿絵  営業時間が終わって、更衣室に戻ると、瑠衣ちゃんっていう美人のキャストさんが、わたしを見て言ったの。「あんた、よくやるわね。あんな露骨な色恋営業。それとも、本営のつもり?」って。
 何を言われているのか分からず、きょとんとしていたら、突然他のキャストさんたちもクスクス笑い始めちゃって……。きっと、バカなわたしのことを笑ってるんだ、って思ったら、何だか恥ずかしくなっちゃったの。
「はい、人を笑うのはおしまいね!」
 その時、ナンバーワンの沙耶さんの大きい声が、突然聞こえてきたんだ。
「人のことよりも、自分の売り上げよ! 明日は今月のランキングの中間発表なんだから、まずは営業、営業!」
 そしたら、みんな慌てたように携帯電話を取り出して、営業メールをし始めたの。そんな様子をぼーっと見ていたら、沙耶さんが声を掛けてくれたんだ。
「ありすちゃん。噂で聞いたんだけど、お客さんに自分の彼氏のことを話してる、って本当なの?」
「は、はい。あの、話してるっていうか、話しちゃった、っていうか……」
「前にもボーイに注意されたことあったでしょ? お客様に、自分の恋愛のことを話すのはタブーだって」
「で、でも、言っちゃったんです……」
「……まぁ、言ってしまったことについては、仕方ないわね。ただ、これからはダメよ。そして、お客様には『接客のプロ』として、ちゃんと接客してね。ベタベタすることだけが、接客じゃないわよ」
 沢村さんや鎌田さんに甘えていた所を、沙耶さんに見られちゃってたんだ……って思って、わたしはすっごく恥ずかしくなった。なのに、思わず沙耶さんに言い返しちゃったの。「でも、お客さんのことが、好きなんです」って。
「沢村さんのことも、鎌田さんのことも好きで、一緒にいると、甘えたくなっちゃうっていうか……」
 こんな気持ちになっちゃうなんて、キャバ嬢としての自覚が足りないってことは分かってるんだ。でも、これがわたしの素直な気持ちなの。
 こんなこと言っちゃって、きっと沙耶さんは怒るだろうな……って思ってた。だけど沙耶さんは、お客さんに向けるような綺麗な笑顔を、わたしに向けながら言ってくれたんだ。「お客様を好きになるのは、テーブルについている時だけにしなさい」って。
 えっと、それって、さっき瑠衣ちゃんも言ってた「色恋」とか「本営」とかっていうのだよね? お客さんを好きになったフリをしたり、本当に恋人同士みたいに振る舞うっていう……。
 うーん……わたしには無理かも……。だってわたし、お客さんに優しくされたら、本当に嬉しくって、本気で好きになっちゃうんだもの! それに、わたしに優しくしてくれる、ってことは、わたしを好きってことでしょ? だったら、わたしもみんなを好きでいたいもの!
 きっとそれって、ケーキ屋さんに並ぶケーキを見ている時と同じ感じなの! どのケーキも美味しそうに見えるから、全部食べたくなっちゃうのと、同じなんだよ。かっちゃんも、沢村さんも、鎌田さんも、みんな素敵に思えるから、みんなを好きになっちゃう。それって、いけないことなのかなぁ?

 その次の日も、沢村さんはお店に来てくれたんだ。開店直後の指名だったから、わたしはすぐに沢村さんのテーブルに行って、いつものように甘えていたの。そしたらボーイの加藤ちゃんが突然やって来て、「ありすちゃん」って声を掛けてきたんだ。
「八番テーブルの、鎌田様がご指名です」
「え? 鎌田さんが?」
 鎌田さんが、こんな早い時間にやって来るなんて珍しい! いつも工場の作業を全部終わらせて来るから、遅い時間にしか来たことないのになぁ。
 どうしたんだろう、って思ったけど、優しい沢村さんと離れたくないって気持ちに負けちゃって……。今はもう少しだけ沢村さんに甘えて、あと三十分ぐらいしたら鎌田さんの所に行こう、って思っていたら、「ありすちゃん」っていう声が聞こえてきたの。誰かな、って顔を上げたら、何故か目の前に鎌田さんが立っていたんだ。
 目も眉毛も口も、みんな吊り上げて、ものすごく怒った顔をした鎌田さんが、沢村さんを見下ろして、「おい! お前!」って大きな声を上げたの。
「お前だな! ありすちゃんを困らせているのは!」
 沢村さんは、「何のことだ?」って困った顔をしながら、沢村さんと顔を合わせるように、立ち上がったんだ。
「くだらない言いがかりは止せ!」
「言いがかりじゃねぇよ! お前が、ありすちゃんと彼氏との間に、首を突っ込もうとしていることは知ってるんだぞ! それがありすちゃんを苦しめていることに、気づかないのか!?」
「何だと? それの何が悪いんだよ! お前に、彼女の苦しみが分かるのか? 僕はそんな苦しみから、ありすちゃんを救ってやりたいんだ!」
「それがよけいなお世話だって言ってるんだよ! ありすちゃんを助けるのは、俺の役目だからな!」
「はぁ? ふざけるな、この野郎!」
 沢村さんと鎌田さんったら、お互いの胸元を掴んで、今にも殴り合いをしそうになってる! ど、どうしよう……。わたしは困っちゃって、泣き出しそうになっていたんだ。そしたら鎌田さんが、「はっきり言ってくれ、ありすちゃん!」って急に叫んだの。
「ありすちゃんが本当に好きなのは誰なのか、この男に言ってやってくれ!」
 沢村さんまでも、「そうだ! ちゃんと言わなきゃ、この男は納得しないぞ!」なんて言ってる!
 そ、そんなこと言われても、困るよ! わたしが好きな人って……えーっと、わたしが好きな人は……優しくって、カッコよくって、素敵な人……だよね? それってやっぱり……。
「えっと……わたしが好きなのは……かっちゃん、かな?」
 わたしがそう言った瞬間に、沢村さんも鎌田さんも、「はぁ!?」と大きな声を上げたんだ。
「だって、かっちゃんは優しいもの! この前もね、わたしが買ってきたケーキが気に入らなくって、ケーキを投げつけたんだけど、その後でちゃんと後片付けをしてくれたの! それに、わたしを殴ってても、『やめて』って言ったら、必ずやめてくれるし! ね? 優しいでしょ?」
 ……あれ? 沢村さんと鎌田さんが、ぽかーんとした顔で、わたしを見てる。どうしたんだろう? 二人とも、何だかとってもびっくりしてるみたいなんだけど……。
「お二人とも、お待ちください!」
 その時、ボーイの加藤ちゃんがやって来て、沢村さんと鎌田さんの体を引き離したんだ。
「お二人とも、ありすちゃんの気持ちを考えてくださって、ありがとうございます! ですがここは、当店自慢のキャストと共に、楽しい時間を過ごしていただく、大人の男性の、娯楽の場です!」
 加藤ちゃんは、わたしを庇うようにして、沢村さんと鎌田さんの前に立ちはだかってくれていたの。いつもは「怖い」って思うことが多い加藤ちゃんだけど、今日は何だかカッコいいなぁ……。
「お二人とも『大人の男性』でいらっしゃるのですから、まずはご自分の席にお戻りください。ありすちゃんは、順番にお二人の許へと参りますので」
 加藤ちゃんの鋭い目つきに怯えるようにして、鎌田さんは自分のテーブルに帰っていった。そして沢村さんも、ソファに腰を下ろしてくれたんだ。
 ……加藤ちゃん、カッコいい! だって、かっちゃんも沢村さんも鎌田さんも、みんな優しいけど、こうやってわたしを庇ってくれることはなかったもの! 
「おい、ありす。とりあえずどっちのテーブルにつく?」
 わたしへと振り返って、小声で尋ねる加藤ちゃんの顔。それが超ワイルドで、カッコいい! きゃー!
 そう思った瞬間、わたしは立ち上がって加藤ちゃんの背中に抱きついたんだ!
「決めた! わたしが一番好きなのは、かっちゃんでも、沢村さんでも、鎌田さんでもなく、加藤ちゃんだよ!」
「は? お、お前、何言ってんだよ!」
 加藤ちゃんは焦りまくって、わたしを振り払おうとしたけど、わたしはしがみついて離れなかったの。
 そんなわたしを、ホールにいるみんなが見てる。お客さんやキャストさんたちはもちろん、近くにいた沢村さんも、遠くのテーブルにいる鎌田さんも。みんな、「ありすがまたバカなことしてる」って思ってるんだろうな。
 大丈夫、全部分かってるもん! わたしがキャバ嬢失格なことをしてるってことも、わたしがバカだってことも、お客さんが優しいは下心があるからだってことも、かっちゃんがただのDV男だってことも、ぜーんぶ分かってるんだから!
 そして、沢村さんも鎌田さんも、今はわたしに呆れて怒ってるだろうけど、わたしが甘えてちょっと涙を見せたら、すぐにコロッと優しくなることも、分かってるの! あと、「大好き!」っていうだけで、すぐに延長してくれたり、ボトルを入れてくれることも!
 今回のことで、店長や加藤ちゃんにまた怒られるだろうけど、「ごめんなさい!」って謝って泣けば、何故か許してくれるってことも分かってるんだ!
 それって、わたしの売り上げが結構良くって、この店のナンバースリーだからだよね? そして、こんな「不思議ちゃんキャラ」が、わたしのキャバ嬢としてのやり方だってことを、認めてくれてるからだよね?
 そう思いながら、わたしは加藤ちゃんの背中に抱きついたままで、こっそりとニヤニヤ笑ってたんだ。

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第4話「桃花」の場合(前編) は5月20日公開予定です。

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