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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.09.02

第1話 彩花と舞花(後編)

小説挿絵 「うっわー、似てるわ! 双子の姉さんがいるってリオナから聞いてはいたけど、激似! そのまんまじゃん!」
 事務室に入って来た彩花の顔を見るなり、権藤は驚いた。舞花とは髪の色も違う。しかも化粧もしていない。だけど、舞花のコピーのごとくそっくりだった。小さな顔の、可愛らしい目や鼻といったパーツが、舞花と全く同じ配置で存在している。
「あ、ちなみに、『リオナ』っていうのは、舞花の源氏名ね」
 椅子に座る権藤は、下ろしたままの前髪を掻き上げる。
 その権藤に教えてもらった住所を頼りに、彩花は『Bella Donna』の事務室に来ていた。まだ昼過ぎであることもあり、キャストたちの姿はどこにも見えない。伸びた髭、無造作に着たシャツ。そんな権藤の身形からも、キャバクラにとっては、今が「準備中」の時間であることが分かる。
「で、結局舞花は、どこに行ったの?」
 咥えた煙草に火を点けながら、権藤が改めて、彩花に尋ねる。
「分からないんです。一週間前に連絡があって、それっきりで」
「そっか。やっぱりそのぐらいの時期にいなくなったのか。あいつの無断欠勤も、今日で一週間だもんな」
 妹がしでかした粗相。真面目な彩花は、それに責任を感じてしまう。
「妹がご迷惑をかけて、申し訳ありません。これから、捜索願を出そうと思ってるんですが」
「うーん、それはちょっとヤバいかも」
 何が「ヤバい」のか。彩花は不安な気持ちで、権藤を見ていた。
「実はさ、リオナ……じゃなく舞花は、店の金を持ち逃げしたんだよね」
「え?」
「どうも店に来てた客とグルになってたらしいんだけど」
 舞花が? 金を持ち逃げ? 信じられない言葉の数々に、彩花の頭は一気に混乱する。舞花は自分とは違い、派手好きで目立ちたがりではあった。だが、そんな悪事に手を染める子ではない。
「あの、そのお客さんっていうのは、誰かは分かっているんですか?」
「いいや。うちのキャストたちが、前から噂でそう話してただけ。『リオナは、ある客と組んで、何かを企んでるっぽい』って、みんな言ってたからね。だけど、それがどの客かは、さっぱり分かんないんだ」
 煙を一筋吐き出し、権藤は灰皿に灰を落とす。
「舞花が金を持ち逃げしたことは、今のところ俺だけが知ってる状態で、うちのオーナーにはまだバレてない。だけど、捜索願を出したら……」
「そうなれば、警察の捜査が入って、バレる、ってことですか?」
「たぶん、そう」
「そうなると、舞花は……」
「まぁ、オーナーが『金を持ち逃げされた!』って騒ぐよな。で、被害届を出せば……」
「は、犯罪者……」
 おそるおそる彩花が発した言葉に、権藤は素っ気なく「だな」と答える。そして苦しげな表情をして、煙を吐き出した。
「それでもさ、俺は、舞花を信じてるんだ。舞花が金を持ち逃げしたのだって、タチの悪い客に引っかかって、そそのかされただけ、って思ってるし」
 権藤は煙草を灰皿に押しつけ、空いた手を、顔の前で組んだ。
「だからあいつを、犯罪者にしたくないんだ」
 その言葉の響きには、切なさが含まれていた。大切な人を守りたい。そんな雰囲気を纏った権藤に、彩花の心も共鳴していく。
 彩花も、妹を犯罪者になどしたくはなかった。金の持ち逃げのことも、何かの間違い。そう信じて疑ってはいない。だが、本人の行方が分からないのであれば、その信念もグラグラと揺らいでしまう。
「あ、そうだ!」
 突然権藤が声を上げ、椅子から立ち上がる。
「なぁ、お姉さん! よかったら、俺に協力してくれないかな?」
「な、何ですか?」
 近づいてきた権藤の顔を避けようと、彩花は後ずさりする。だが、後ろは壁で、それ以上は逃げられない。権藤に壁際へと追いつめられ、舐めるように凝視されてしまう。
「これだけ似てるんなら、バレやしないよなぁ?」
「だ、だから、何なんです!」
「お姉さんが、舞花……っつーか、リオナになりすまして、店に出りゃあいい、って思ったんだよ!」
 なりすます? 店に出る? 現実味のない言葉が、彩花の頭の中でつるつると滑っていく。
「えーっ! む、無理! 無理です!」
 彩花はもぎ取れんばかりに、首を振る。だが権藤は、妙に自信たっぷりに鼻息を荒くした。
「無理じゃねぇよ! これだけ似てるんなら、大丈夫だって! 『リオナちゃん、復帰しました!』って、店のブログやツイッターで宣伝すりゃあ、舞花をそそのかした客も、びっくりして店に来るだろうしさ! それで何とか、俺たちで舞花を探し出そうぜ!」
 肩をポン、と叩かれ、彩花は体を硬直させる。何故、こんな展開になってしまっているのか。
 逃げ出したい。さっさとこの場から逃げて、家で本を読んでいたい。肉じゃがを煮ていたい。そんな気持ちが溢れ出しそうになった時、権藤がまた、表情を暗くした。
「そうすれば、舞花を犯罪者にしなくて済むだろ?」
 権藤の言葉に、彩花の胸は痛む。この人は、真剣に舞花のことを考えてくれている。そして彩花だって、同じ気持ちだった。
 お互いに支え合って生きてきた、大切な妹。そんな舞花を助けるためなら、どんなこともできる。だけど、と彩花は、権藤から顔を背けつつ、呟いた。
「で、でも、わ、私、すっごく引っ込み思案で……。男の人とも、あまり話したこともないですし……」
 舞花を犯罪者にせずに、探し出すには、権藤の提案が一番の方法だ。それは分かっている。だが、地味で暗い自分が、キャバクラ嬢になれるなど、到底思えなかったのだ。
「大丈夫だって!」
 明るいノリで、権藤が親指を立てる。
「無断欠勤してた間のことも、病欠ってことにしておくから、まだ病み上がりで元気がない、って言っておけば何とかなるって! あとは適当に、お客に酒を飲ませておけばいいからさぁ!」
 すると権藤は突然、彩花の前で土下座をし、頭を下げた。
「頼む! この通りだ!」
「あ、あの、やめてください!」
 彩花が焦って、権藤の許にしゃがみ込む。そして頭を上げてもらおうとするが、権藤は床に額を付け続けていた。
「やめねぇよ。お姉さんが引き受けてくれるまで、こうやって頭を下げ続けるからな! ただでさえ、今日はリオナの太客が来る予定なんだ! この通り! 頼むよ!」
 彩花は困り果て、床にへたり込む。そして視線を横に向けると、そこにはいくつかの写真が貼ってあった。毎月、ナンバー1になったキャストの写真らしい。一年分ほどの写真の中には、舞花の写真もいくつかあった。
 高い盛り髪。獣のように伸びたネイル。恐ろしいほど濃い化粧。それを自分が身につけられるとは思えない。
 でも、と彩花は目を瞑る。彩花はひたすら、舞花が心配だった。
 ねぇ、舞花。どこにいるの?
 双子はテレパシーで通じ合っている、などと言われるが、彩花と舞花の間にも、時々それと似たようなことがあった。体調不良、失恋、寝坊に遅刻。相手がそんなピンチに陥っている時、はっきりとそれが伝わってくるのだ。危険を察知するアラームが、ずっと鳴り響いているような感じ。今の舞花からも、そんな気配が伝わってくる。
 舞花は、大学に進学した自分を、ずっと援助してくれていた。ならば、彼女の身が危ない今こそ、自分の番だ。自分が、あの子を探し出さなくては。
 彩花は目を開け、頭を下げる権藤を見た。そして、大きく頷く。
「分かりました。私が舞花に、なりすましてみます」
「マ、マジで? これで舞花が探せるよ! ありがとう!」
 権藤はいきなり、彩花に抱きついた。瞬間、彩花の体が硬くなる。
 男の人に、しかも会ったばかりの男の人に、抱き締められている。その状況に、緊張と戸惑いと恥ずかしさ、そして気持ち悪さまでもが混じり合う。
 男の人に対して、こんな反応しかできない。果たして自分が、キャバクラ嬢になれるのだろうか――彩花の心は、不安でいっぱいだった。



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第1話 彩花、リオナになる(前編)は9月9日(月)更新です。
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