北海道東北甲信越北陸関東静岡東海関西中四国九州沖縄

ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.09.09

第3話 舞花と克己

小説挿絵  克己の顔が怒りで歪み、牙を剥く。彩花はそれを、怯えながら見ていた。
 彼の黒い瞳には、彩花が映っている。だがこの男は、自分にこの鋭い視線を向けてはいない。彼は、舞花を見ているのだ。「消えた」はずの舞花を。
 眉間の皺を深くしていく克己の背後に、スーツ姿の男がやって来た。彩花の腕を握ったままで、克己はその男へと指示を出す。
「松本さん、社長を連れて帰ってください。よろしいですね、社長」
 有田は大きくため息をつき、「はいはい」と返事をする。そして立ち上がると、彩花に微笑んだ。
「では、またな、リオナちゃん。例の件、考えておいてくれよ」
「は、はい!」
 立ち去る有田を見送ろうと、彩花は足を動かした。だが、克己が腕を放さず、動くことができない。
「見送りなんてしなくていい。お前はここにいろ。話がある」
 克己は彩花から手を離し、乱暴にソファに腰掛けた。そして彩花へと、隣の席に座るように顎で指示をする。彩花は仕方なく、彼の横に腰を下した。
「消えたはずのお前が、何故ここにいるんだ」
 いきなりの克己の問いに、彩花は答えられない。顔を青ざめさせ、震える手を握り締めていた。
 この男は、舞花の失踪のことを知っている。その確信を持った彩花は、恐怖心を無理やりに引っ込める。舞花のことを、上手く聞き出さなくては。
「あ、あの、消えたって言われましても……」
「ふざけんな! お前が消えるために、準備もしてやっただろう!」
「じゅ、準備……準備って、消えるためのですか?」
「……お前、俺をナメてんのか?」
 怒りの炎を燃え盛らせた克己の顔が、彩花に近づいた。大きな目が強い光を放ち、彩花を捕らえる。形の良い唇の奥では、歯ぎしりの音が聞こえていた。
 そんな猛獣のような様子が、かえって彼の真面目さを際立たせていた。優等生、生徒会長、部活のキャプテン。そんな雰囲気。彩花はそう思い、じっと視線を向ける。すると克己は、フン、と鼻を鳴らした。
「ったく、とんでもない女だよな! たかがキャバ嬢のくせに、『有田ビル』の社長を操るなんてな!」
 有田ビル。その言葉に反応して、彩花の頭には、六本木にある巨大な商業施設が浮かぶ。
「え、えっと、『有田ビル』って、六本木とか丸の内に、たくさんビルを持っている会社のことですか?」
「はぁ? お前、何言ってんだよ! それを知ってて、うちの社長に近づいたんだろ!?」
 まずい。彩花は肩を竦め、うなだれる。「有田ビル」と言えば、国内有数の不動産会社だ。この男の言う「うちの社長」が、あの有田という老人なのだろう。で、その「うち」というのが、「有田ビル」のこと……。
 緊張で固まった頭が、上手く回らない。「有田ビル」「社長」というキーワード。それを思考回路の中で何周もぐるぐると走らせ、やっと彩花は気がついた。つまり、あの有田が、「有田ビル」の社長なのだ、と。
「社長も奥様と一人娘に先立たれて、その娘の息子である俺だけが家族だ。だから寂しいのは分かるけど、こんな女に引っかかることもないのにな」
「えっと、つまり、あなたは、有田さんのお孫さんってことですよね?」
「あぁ? お前、何なんだよ! さっきからいちいち確認しやがって!」
「す、すみません!」
 彩花は咄嗟に頭を下げる。それでも怒りの収まらない克己は、苦々しい顔で舌打ちした。
「しかし、うちのじいさんもイカれてるよな。こんなしたたかなキャバクラ嬢に、財産の半分を生前分与するなんてな!」
「ざ、財産!?」
 つけまつげが外れそうなほどに、彩花は目を見開いた。客とキャバクラ嬢の間で、そんなことがあっていいのか? と言うか、そんなことがあり得るのか? 更に混乱した頭の中も、目の前の景色も、全て渦巻いていく。
「有田ビル」は、都内の一等地に多くの不動産を保有している企業だ。その社長の財産となれば、恐ろしい金額であるに違いない。それを何故、舞花が貰うことになったのだろう。
 有田が舞花に、そこまで惚れ込んでるのだろうか? いや、税金対策か? それとも舞花が強請ったとか?
 いやいや、どれもあり得ないだろう。彩花は全ての考えを否定するように、頭を振る。
 双子の彩花と舞花は、母親のお腹にいる時から一緒だったのだ。そして今まで、二人で支え合って生きていた。だからこそ彩花は、舞花のことは何でも分かっているつもりだ。どんなに自分とは性格が違っていても、あの子のことならば理解できる、と。
 派手好きで目立ちたがり。だけど恐がりで、寂しがり屋。それが彩花にとっての舞花だ。
 ケバい外見に似合わず、和食が好きで、彩花が作る煮物をいつも美味しそうに食べてくれる。ブランド品が好きだけれど、意外に締まり屋でもある。ファンデーションやグロスといった化粧品も、底が見えるまできっちり使うタイプだ。
 そんな舞花が、この店の金を持ち逃げ? 有田の財産を譲り受ける? 全く想像のできない舞花の姿が、今日になっていくつも彩花の前に晒されている。
 それでも、彩花は信じたかった。舞花は他人の金に興味を持つような子ではない。何かの間違いだ。それを証明するためにも、この男から何とか手がかりを掴まなくては。
 彩花は心を落ち着かせようと、深い呼吸を繰り返す。そんな様子を見て、克己は首を傾げる。
「どうした? 今日は大人しいな。いつもなら、俺の顔に煙草の煙を吹きかけたりするだろ?」
「い、いえ。そ、それは」
 舞花になりすますことも忘れ、彩花は戸惑う。そして、舞花が以前に話していたことを思い出した。
「この前ね、めちゃくちゃ嫌なヤツが店に来たんだ。あんまり腹が立ったから、そいつの顔に煙草の煙を吹きかけてやったの! そしたら、顔を真っ赤にして怒ってさ、面白いったらなかったんだ!」
 一か月ほど前、久々に実家へと帰ってきた舞花が、笑いながら話していたのだ。舞花が客のことを話すのは、珍しいことではない。だが、客をやりこめるような話は初めてだったので、彩花は心配をしたのだった。
「でも舞花、その人ってお客さんなんじゃないの? そんなことしてもいいの?」
「大丈夫! そいつは客じゃないんだ。客の家族で、超ムカつく男なんだよ。あたしを目の敵にしてさぁ」
 あの時、舞花が言っていたのは、克己のことだったのかも知れない。そう思うと同時に、頭の中でアラームが強く鳴り響く。
 この音が聞こえるということは、舞花が今、何らかの危険に晒されているということだ。それは間違いないだろう。そして彩花自身も危機に近い状態にあることを、伝えているのかも知れない。
 それでも、舞花について探らないといけないのだ。でも一体、どうすればいいのか。
 こうして目の前に、明らかに怪しい人間がいるのに、問い詰めることもできない。舞花ならばきっと、強気でこの男に向かっていけるだろう。だが彩花には、それができない。
 小さい頃から舞花とは正反対で、いつも控えめで、弱気だった。今も、克己の鋭い視線に怯え、何もできずにただ震えている。そんな自分のふがいなさに、涙が滲んできた。
 泣いちゃダメだ。そう思いながらも、堪えきれない。零れ落ちそうな涙を湛えたままで、彩花は克己へと目を向ける。すると克己は、さっきまでの恐ろしい表情を、驚きのものへと変えていった。
「それが……お前の作戦か?」
 作戦? 何のことか、と彩花は克己を覗き込む。だが克己は、彼女の視線を避けるように、顔を背けた。
「あ、あの」
 戸惑いがちに彩花は声を上げる。すると克己は、ゆっくりと顔を戻した。そして彩花へと、ちらりと視線を向ける。
「そうやって涙を見せて、客をたぶらかしてきたのか? うちの社長にも、その甘えた顔で財産を強請ったのか?」
「い、いえ、そんな……」
「で、そんなお前の涙で、俺も誤魔化そうとしているのか?」
「ご、誤魔化す? わ、私は何も……」
 私は何もしていない。そう言いたかった。だが、彩花の声は最後まで発せられずに、消えていく。瞬きで流れた彩花の涙を見つめ、克己は静かに口を開いた。
「悪いけど、俺にはそんな涙は通用しない。俺は、水商売の女が大っ嫌いなんだよ!」



『Bella Donna』の閉店後、キャストやボーイたちを帰らせ、権藤は彩花を事務室に呼び寄せていた。
 椅子に腰掛け、煙草に火を点けながら、権藤は彩花に尋ねる。
「お姉さん、今日来た客で、怪しいヤツはいた?」
「あ、あの、実は……」
 彩花は早速、克己から聞いた話をする。有田が『有田ビル』の社長で、舞花が彼の財産の、生前贈与を受ける話があること。そして、克己が舞花を「消えた」と言ったこと。克己が舞花の失踪の「準備」をしたらしい……など。混乱する頭を整理しながら、ぽつりぽつりと話した。
「その克己さんって方のお話では、舞花が有田さんをたぶらかして財産を取ろうとしている、という感じでした。でも私、舞花がそんなことをするとは思えないんです」
 待ち合わせに平気で遅刻したり、掃除当番をサボったり。舞花には、そんな自分勝手で、だらしない部分があるのは確かだ。だが、一本気で自分の筋を通すタイプでもあった。決して曲がったことをする子ではない。この店の金を持ち出したことだって、信じられないのに。
 ため息をつく彩花を見て、権藤は煙草を指でつまみ、煙を吐き出した。
「舞花なら、それぐらいのことやるかもな。あいつ、金のためになら何でもやる女だったし」
「そ、そんなことないです! あの子が人の財産を狙うなんて!」
「いいや、舞花ならあり得るって! お姉さん、『枕営業』って知ってる?」
「ま、枕?」
 枕を売るためのセールスマン。彩花には、そんなイメージしか浮かばない。考え込む様子の彩花に、権藤は声を潜めて呟いた。
「『枕営業』っていうのは、指名とか高いボトルを入れてもらうのと引き替えに、客とヤッちゃうこと。それを、舞花はやってたんだよなぁ。金のためにって割り切ってたっぽいけど」
「ま、舞花が? お客さんと?」
 一瞬で、彩花の目の前が真っ白になる。
 何それ。舞花が、そんなことを? 金のために? 様々な思いが混じる頭の中に、今日の更衣室での言葉が蘇った。
「枕嬢のくせに」
 あの時、更衣室にいたキャストたちは、彩花にそう言ったのだ。それが何を指しているのは、あの時は分からなかった。だが、今なら想像がつく。
「もしかして、『マクラジョウ』って」
 彩花が思わず呟くと、権藤が驚いた顔をした。
「え? お姉さん、その言葉、知ってんの? それ、枕営業をするキャバ嬢のことだよ」
 やはり、そうだったのか。あれは、舞花に対する軽蔑の言葉だったのだ。
 舞花が枕営業をしていたことが、店長はもちろん、他のキャストにも知れ渡っている。つまり、舞花はそれだけ多くの客と、そんな関係になっていた、ということだろうか?
 いいや、問題はそれではない。そんなことをやらざるを得なかったのは、自分のせいではないのか。彩花は、そう考え始めていた。
「お姉ちゃんは勉強が得意なんだから、ちゃんと大学に行った方がいいよ。お姉ちゃんの学費ぐらい、あたしが稼ぐからさ!」
 そんなあの子の言葉に甘えて、大学の授業料や生活費など、全てを舞花に頼り切っていたのは自分だ。その責任を感じ、彩花はうなだれる。
「あの子がそんなことをしてたのは、私のせいですよね……。私が大学に進学して、お金がかかるから、舞花は私のために……」
「い、いや、お姉さん! それは違うって!」
 権藤は煙草を急いで消し、座っていた椅子から立ち上がった。
「舞花は派手好きだったしさ! あいつ、ブランド品を揃えるのが好きだったじゃないっすか! あいつが金を稼ごうとしてたのは、どっちかって言うと、自分のためですって!」
 彩花は視線を上げ、権藤を見る。その目には、涙がうっすらと滲んでいた。
 地味ではあるものの、元々男受けのする顔だ。それが無防備に涙を流し、弱さをさらけ出している。男ならば、「可愛い」と思わずにはいられないだろう。
 そんなスカウト目線で彼女を見ながら、権藤は表情を緩めていく。
「その点、お姉さんは違うよなぁ。清楚っつーか、ピュアっつーか、舞花とは全然違う! しかもお姉さんには、ちょっとヤバめな色気もあるんだよなぁ」
 自分が褒められているのに、舞花が貶されている。そう思えば、彩花はあまりいい気がしない。それでも、権藤の励ましは嬉しいものではあった。落ち込む彩花を、元気づけようとしているのが伝わってくるのだ。
 そんな権藤に何とか笑顔で答えようと、彩花はハンカチで涙を拭っていた。すると事務室の中に、奇妙な音が響く。カリカリ、と何かを引っかくような高い音。それが規則的に、壁際から聞こえてくるのだ。
「この音、何ですか?」
 驚いた彩花に、権藤は「ああ」とため息をついた。
「最近、このビルにネズミが出るんだよな。駆除業者に頼んでおかないと」



 舞花の手がかりを掴むまでは、明日以降も店に出る。権藤とその約束をして、彩花はタクシーで家に帰った。
 鍵を開けて、暗い家の中へと入る。玄関を上がった瞬間、疲れが一気に押し寄せてきた。朝から深夜まで外出し続けることなど、これまでなかったのだ。しかも、突然キャバクラ嬢になり、慣れない接客までしてしまった。無事に帰って来られた安心感から、全身の力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。
 肩にかけていたバッグも放り出し、廊下に倒れ込む。このまま眠る訳にはいかない。だが、重たい瞼が下りてきてしまっていた。
 するとその時、バッグの中からメロディが聞こえてくる。着信を示す、スマートフォンの音だ。
 彩花は体を無理やりに起こし、バッグの中へと手を伸ばす。点滅する光を掴むようにスマートフォンを取り出し、液晶画面を見た。そこには「非通知着信」と表示されている。
 真夜中に、非通知の電話。暗闇の中で、心臓がドクンと鳴る。戸惑いと恐怖がこみ上げるものの、彩花は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
 問い掛けるが、反応はない。
「もしもし? もしもし?」
 やはり何の反応もなく、物音も聞こえてはこない。間違い電話か。そう思い、彩花は電話を切ろうとした。その時、彼女の頭の中で、いつものアラームが鳴る。その音と、ジン、と痺れる感覚と共に、舞花の姿が目の前に浮かぶ。
 舞花だ。これは舞花からの電話だ。鳴り続けるアラームに急かされ、彩花は咄嗟に「舞花!」と呼び掛けた。
「舞花! 舞花なんでしょ? ねぇ、答えてよ! 舞花!」
 彩花の言葉の隙を突き、電話の向こうから音楽が聞こえてくる。携帯電話の着信メロディのような、電子音。どこかで聞いたことがあるメロディだ。
 彩花は必死で思い出し、一つの曲名に行き当たる。サティの『ジムノペディ』だ。
 彩花と舞花の母は、ピアノが上手な人だった。家にあったアップライトのピアノで、いろんな曲を弾き、時には歌ってくれたことを思い出す。そしてこの曲は、母の演奏レパートリーの一つだったのだ。
 何故、この曲が聞こえてくるのだろう。疑問に思っているうちに、電話は切れてしまった。



-------------------
第4話 『彩花と克己』は9月17日(月)更新です。
-------------------

■注意■

  • ●この小説はすべてフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
  • ●この小説の著作権は「ポケパラ」にあり、無断転載(部分引用含む)は禁止です。
  • ●無断転載を行った場合、著作権法の違反となります。
ページトップへ