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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.11.05

第11話 彩花と、克己の母

小説挿絵 「リオナさん! 七番で有田さんがご指名です!」
「有田」という名前を聞けば、これまでは有田を思い出していた。だが今は、真っ先に頭に浮かぶのは、克己の顔だ。そして実際にボックス席へと行けば、克己が待っている。
「いらっしゃいませ!」
 彩花が笑えば、克己も応えて微笑む。それは、地獄の住人のような男だったとは思えない、別人のような姿だ。
 数日前にこの店で騒ぎを起こして以来、克己からは彩花に対する敵意が消え失せてしまっていた。その上、連日のように『Bella Donna』へとやって来て、彩花を指名するようにまでなっている。
 店にいる間、克己は有田の財産分与のことについて、一切口にしなかった。彩花の顔を懐かしげに見つめては、取り留めのないことを話して帰っていく。
 彩花にとっては、克己は今の自分の正体を知っている、数少ない人間の一人だ。気兼ねなく話せる相手でもあり、お触りや下ネタを繰り出さない良客。それが今の克己に対する、彩花の評価だ。
 昨日の敵は、今日の友。そのことわざの的確さに納得していたものの、それでも彩花の克己に対する疑いは残っていた。
 彼のスマートフォンの着信音と、無言電話から聞こえてきたメロディとの一致。そして、彩花を襲った男と同じ部分に、怪我を負っていたこと。それらの謎は、まだ解けてはいない。そして、それらと舞花の失踪との関係を、問い質さなくてはいけない。
 さぁ、どう聞き出すべきか。この日も克己は仕事帰りにやって来て、ワインを飲んでいる。
「なぁ、お前、どうして妹になりすましてるんだ?」
 いきなりの克己からの質問に、彩花は戸惑いながらも、答えをひねり出す。
「それは……言えません」
「ふぅん。そうか」
 克己はそれ以上、何も問わない。これまでの彼なら、「言えねぇってことがあるかよ、クソ女!」などとつっこんでいたはずだ。
 その変貌に面食らい、彩花は疑いの目を克己へと向ける。もしかしたらこの人も、自分同様に誰かと入れ替わっているのでは――そんな疑問を持ってしまった。
 彩花の視線に気づいたのか、克己はワインを飲み干し、こちらを見る。
「どうした? 何かあったのか?」
「い、いえ。何でもないです」
「そうやってぼーっとしてる暇があるなら、客に愛想しろよ! 俺のワインのボトルだって空に近いんだから、積極的に営業した方がいいんじゃねぇのか?」
「は、はい! 分かりました!」
 彩花は返事はしたものの、それ以上の言葉は出てこない。
 色っぽく「もっとお飲みになりませんか?」と迫ることもできなければ、「ボトル、もう一つ入れてほしいなー」と甘えることも、恥ずかし過ぎて抵抗がある。
 どうすればいいのか、答えは出ない。笑顔を固まらせる彩花を見て、克己が吹き出す。
「お前、キャバクラ嬢に向いてねぇなぁ」
「分かってます!」
 こんなにストレートに批判してくるなど、やはり克己は克己だと思った。誰かと入れ替わっているはずもなく、克己そのものだ。
 こんな意地悪な客が相手であっても、そしてどんなに適性がなくても、キャバクラ嬢の「リオナ」として振る舞わなくてはいけないのだ。これがただ一つの、舞花を探し出すための方法なのだから。
 だが、舞花が失踪して三週間が経とうとしている今も、彼女に繋がるものは全く見えてはこない。今、舞花はどうしているのか――そう考えると、心が締めつけられ、苦しくなる。
 お願い、舞花。無事で待っていて。必ず私が見つけだしてあげるから。
 祈りとも願望ともつかない言葉を、彩花は心で呟く。その横顔を、克己はじっと見ていた。
「やっぱり似てるな」
「え? 私が、ですか?」
「うん。社長も言ってたけど、お前は俺の母親に似てるよ。本物のリオナも似てはいたけど、お前の方が似てる」
「そうなんですか?」
「ああ。いつも泣いてたんだ、俺の母親も。お前みたいにな」
「私はそんなに泣かないです」
 彩花がムッとして反論すると、「嘘つけ」と克己は笑い出す。
「俺が近づけば、いつも目をうるうるさせてたくせに、何言ってんだよ」
「あ、あれは、あなたが怖いから……」
 まずい。思わず口を手で塞ぐが、言葉が喉の奥に戻るはずもない。客に「怖い」などと言うなど、キャバクラ嬢失格だ。
 だが克己は、平然とワインを飲み続けている。
「別に気にしねぇよ。取引先の連中からも『人でなし』呼ばわりされてるから、慣れてるよ」
 それは慣れるようなものなのだろうか? それに、克己とこうして話せば、怖い人でもなければ、敵でもないことは分かってくる。
 でも、有田の財産のこととなれば、話は違うだろう。そう思い、彩花は思い切って口を開いた。
「あの、それと、財産の分与のことなのですが……」
「そのことは、別にいい」
「で、でも、いいって言われましても……」
「俺がいいって言ってんだから、いいんだよ! お前はお前で、やらなきゃならないことがあるんだろ?」
「え? それって……」
「お前が言ったんじゃねぇかよ。『理屈じゃなく、思いのままに行動してしまうことがある』って。俺の母親もそうだし、お前もそうだ、ってことだろ?」
 それは、克己がここに謝罪をしに来た日の、彩花の言葉だった。あの時の克己は、自分の母親をひたすら否定しようとしていた。そんな彼の本心を照らし出そうとした言葉を自分に返されるとは。
「つまり、わざわざ妹になりすまして、全く向いてないキャバクラ嬢をやってるってことは、何か訳があるってことなんだろ?」
 克己は見事に、彩花の思いを言い当てていた。どうしてこの人には、分かるのだろう。これまで敵対してきた人間だとは思えない。
「お前の事情については、俺は全く興味がない。だからそのことについては、お前に何も言うつもりはない」
 そこで言葉を切ると、克己は「ただし」と話を続けた。
「お前のやるべきことが終わった後に、財産の分与について、本物のリオナと話をさせてもらう。それでいいだろ?」
 真摯な光を宿す、克己の瞳。彩花はそれを見ながら、「はい」と大きく頷いた。



「彩花、あの克己ってヤツには十分気をつけろよ」
 次の日の『Bella Donna』の開店前。出勤してきた彩花は、権藤に呼び止められた。事務室へと引っ張られていくと、権藤はいきなりそう言ったのだ。
 憎々しげな権藤の口調から発せられる、「克己」という名。それが、彩花の中にある、今の克己のイメージとは結びつかない。
 事務室のドアに寄りかかり、権藤は咥えた煙草を指で摘む。
「あの男、最近、うちに頻繁に来て、彩花のこと指名してるよね? 何か変なこと訊かれてんじゃね?」
「い、いえ、別に……」
「そっか。ならいいけど、警戒しておけよ。あの男、絶対に彩花から舞花のことを探ろうとしてると思うしさ!」
「そ、そうでしょうか?」
 以前はいざ知らず、今の克己からは、そんな怪しさは感じられない。彩花の正体を知りながらも、黙っていてくれてもいるので、信頼がおけると思うのだが。
 だが権藤は、そんな彩花の考えを否定するように「そうに決まってるよ!」と叫んだ。
「だってあいつ、絶対に怪しいし! 舞花を『消えた』って言うなんて、めちゃくちゃ怪しいよ!」
 権藤の言っていることは、確かだった。克己についての疑いは、一つも晴れてはいない。着信音や、腕の怪我についても、まだ謎として残っている。
 だが、それについて克己を問い詰めても、全て「偶然の一致」として片づけられてしまいそうだ。それでも、聞き出さなくてはならないだろう。克己は舞花と、どんな約束をしていたのか。そして、舞花を「消えた」と言ったことの真意を。
「分かりました。ちゃんと訊き出してみようと思います」
 彩花は覚悟を決めたように、唇を引き締める。すると権藤は嬉しそうに微笑んで、ドアから体を上げた。
「ありがとう、彩花」
 煙草を灰皿に押しつけた手を伸ばし、彩花を抱き締める。権藤の胸に押しつけられた彩花の顔に、彼の温もりが一気に伝わってきた。
 煙草の匂いと、エタニティを思わせる香り。それが一緒になって、彩花の鼻をくすぐっていく。
 そのうちに、背中に回された権藤の腕が、より強く彼女の体を引き寄せる。彩花の全身が心臓になったみたいに、ドキドキしていた。権藤の胸からも鼓動が聞こえ、お互いの脈拍が高まっていくのを感じていると、彩花の耳に鼓動とは別の音が入り込んだ。
 カリカリ、と高く響くその音は、いつものネズミの引っ掻く音だった。



 そしてこの日も、克己は『Bella Donna』へとやって来ていた。
 いつものように高いワインを飲む克己に、彩花はゆっくりと話を切り出した。
「あ、あの、教えてほしいことがあるんですが……」
「何?」
「本物のリオナのことなんですけど、リオナは『消える』前に、有田さんとどんな約束をしたんですか?」
 ふぅ、と息を吐き出し、克己はグラスをテーブルに戻す。
「前にも言っただろ? あいつ――リオナの方から、俺に話を持ちかけたんだ。財産の分与ナマであいつに金を渡したら、あいつが消えた。それだけ」
「そうですか……」
 彩花は露骨に、落ち込みの表情を見せた。これが事実なのか、そうでないのかは分からない。だが、この男からは、これ以上は聞き出せないような気がしていた。
 悲しげな彼女の様子を見て、何故「リオナ」の捜索願を出さないのか、訊いてみようかと克己は思った。だが何故か、そうする気にはなれなかった。
 二人の間に、沈黙の時間が流れる。隣の席の会話さえも、消え入りそうな静けさだ。その中で、克己は思わず自嘲の笑みを浮かべる。
 水商売の女を嫌っていた自分が、こうして連日、この女に会うために、キャバクラに通うことになるとは、考えてもいなかった。
 初めてこの女にここで会った時のことは、はっきりと覚えている。
 少し怯えのある表情。何かあれば、すぐに涙を浮かべる。それが、女たちがひたすらに売上金額を競い合う世界では、浮いて見えた。
 この女は、「リオナ」ではない。そう思うと同時に、もう一つの言葉が頭に浮かんだ。「この女は、母に似ている」と。
 だが、それをずっと否定していた。有田に指摘されるまでは。
 幼い自分を残し、勝手に死んでしまった母を、恨んでいたはずだった。だがそれは、母への愛情の裏返しでしかなかった。こうしてこの女に会っていれば、それをまざまざと気づかされる。自分は、ずっと母に会いたかったのだ、と。そして、母に似たこの女に会うことで、何かを満たそうとしている。
 沈黙が続く中、彩花が顔を上げる。目の前には、こちらをじっと見る克己の顔があった。以前も見た、遠くを見るような目で。
 彩花は何故か目を離せず、じっと彼を見ていた。克己もまた、彩花を見つめ続けている。その瞳には、柔らかな優しさがこもっている。
 彩花の心臓が、とくん、と速まる。それは今日、権藤に抱き締められた時とは違うものだ。あの時は、ただドキドキしただけだったが、今は克己の傍にいることそのものが、彩花の全身を熱くしていくのだ。
 インクがじわじわと滲むように、克己の気持ちの色が、彩花の中へと染み込んでくる。きっと彼も、私の気持ちを感じているのでは――そんな感覚に襲われるが、彩花は必死で首を振った。
 いけない。早く接客モードに戻らなくては、と彩花は必死で話題を考える。
「そ、そう言えば最近、有田社長はお見えにならないですね。お忙しいのですか?」
「いや。社長は体調を崩して、大事を取って入院してるんだ。そうだ、お前に手紙を預かってきたんだ。ほら」
 ジャケットの内ポケットから、克己は白い封筒を取り出した。それを受け取った彩花は、中に入っていた便箋を開く。
 数枚に渡る手紙には、店に行けないことへの謝罪、自分の体調や入院したことなどについて、達筆な文字で綴られていた。そして最後の方には、唐突に克己のことが書いてあった。
「克己は口が悪く、粗野な所がある。だが、根は真面目で、しっかりした子だ。どうか、克己を信じてやってほしい」
 何故、こんなことを自分に伝えるのか。彩花が不思議に思っていると、克己が静かな声で語り掛けてきた。
「頼みがあるんだけど」
「な、何ですか?」
「この前の歌、もう一度歌ってくれないか?」
「えっと、『星に願いを』ですか?」
「ああ」
 大きく頷く克己を見て、彩花は便箋を封筒に戻し、歌を歌い出した。隣の席のキャストが何事か、とこちらを見る。それを気にしないようにしながら、歌い続けた。
「やっぱりそうだ」
 彩花が一番を歌い終えると、克己が嬉しそうに呟いた。
「その曲、俺の母も歌ってたんだ」
 克己が母と過ごした記憶は多くはない。しかも、いい思い出もあまりなかった。さめざめと泣き、病気によって弱っていく母の姿。そんな悪夢に近い記憶の中に、この歌が流れていたことに、この前気がついたのだ。
「星に願いごとをするなら、何がいいかなぁ?」
 克己を寝かしつける時にこの歌を歌い、そう言っていた母。
「僕はね、お母さんとずっと一緒にいられますように、ってお願いするよ!」
 克己の素直な言葉に、母は笑っていた。
 そうだ、俺は、あの顔を見たかったんだ。
「やっと思い出せた。ありがとう」
 克己は呟き、はにかむように笑った。釣られて彩花も微笑む。
 ああ、似てる。これは、あの時の母の笑顔だ。克己の瞳に映る彩花の表情に、母の顔が入り込む。だが、一瞬にして、彩花のものへと戻っていく。
 果たして自分が欲していたものは、何だったのか。克己は自分に問い掛ける。母なのか、それとも、この女なのか。その答えは、はっきりとは見えない。
 それでも、分かることは一つだけある。克己は思わずニヤニヤと笑い出した。
「どうしたんです?」
「いや、俺の母親も、お前みたいに要領の悪いホステスだったんだろうな、って思って。お前を見てたら、客に延長や高い酒を強請る訳でもないしな」
「仕方ないじゃないですか! 私は元々、こういうことには向いてないし、慣れてないんですから!」
「だから、客はそんなお前の必死な姿を見に来てるんだよ。それだって、キャバクラ嬢としてのウリの一つじゃねぇの?」
 ついこの前まで、水商売の女を嫌っていた男のものとは思えない、的確な言葉。驚きと納得を心で交錯させ、彩花は克己を見る。
「お前も、お前の妹も、俺の母親も、水商売の世界で必死で頑張ってた。それで十分だろ?」
 自分の発した言葉に、克己は納得していた。本当に、それで十分だった。母を恨むことも、水商売の女たちを憎むことも、もうしなくていい。そんな気持ちが溢れていく。
 横では、克己の言葉に喜ぶように、彩花が微笑んでいる。その笑顔には、もう母の顔は重ならない。彩花そのものの顔として、克己の目にははっきりと映っていた。
 愛情を秘めた、克己の視線。それをくすぐったく感じる彩花の頭を、有田の手紙にあった言葉が掠めていく。 
「どうか、克己を信じてやってほしい」
 その通りに、この男を信じてもいいのかも知れない。彩花は、密かにそう思い始めていた。



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第11話 『彩花の告白』は11月11日(月)更新です。
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