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2013.12.16
作者情報
| 青井 由 |
| 北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。 |
チェンジング・ビューティー【完】
2013.09.05
第2話 彩花、リオナになる
舞花がいる。彩花は鏡を見て、そう思っていた。キャバクラ嬢の舞花がいる、と。
いや、違う。これは自分なのだ。
彩花はその事実を確かめるように、頬に触れてみた。すると鏡の中のケバケバしい女も、同じように頬に手を当てる。
どうしてこんなことになったのか? 彩花は今日の出来事を振り返る。朝起きて、洗濯と掃除を済ませて、大学に行った。講義を受けて、図書館で本を借りた。その帰りに、舞花の部屋に寄ったのだ。そして何故か今、こうしてキャバクラ嬢の姿にさせられている。
「やっだー! リオナちゃんにそっくりよ!」
美容師のアキラが、オネエ言葉全開で叫んでいる。
ここは、アキラが経営する美容室だ。権藤の知り合いで、リオナの担当だったアキラは、彩花を見事に「リオナ」へと変身させていた。
ダウンセットの盛り髪。ゴールド系のメイク。スカルプチュアを使ったネイル。そんな「盛り」によって、彩花は見事に舞花になってしまっていた。
「こんな地味な子が、リオナちゃんのお姉さんだとは思わなかったわよ! でも、ここまで盛れば、本当にそっくりね! ゴンちゃんもそう思うでしょ?」
「ああ! マジ似だよ! これなら誰にもバレねぇな!」
彩花の背後にいた権藤は、満足げに頷いている。
「サンキュー、アキラ。助かったよ!」
「いいのよ、これぐらいのこと! だって、ゴンちゃんの頼みですもの!」
アキラは体をくねらせ、権藤にしなだれかかる。それをさっと避け、権藤はスマートフォンのカメラを彩花に向けた。
「お姉さん、こっち向いてくれる?」
彩花が振り返ると、権藤は液晶画面で彩花の顔を捕らえる。
「うーん、表情が硬いなぁ。にっこり笑って!」
「お姉さん、ほら、リオナちゃんになりきらないと!」
アキラの声に釣られて、彩花は必死で口角を上げる。引き攣り気味の笑顔を見せた瞬間、フラッシュが光った。
「よし! この写真を付けて、店のブログを更新して、ツイートもしておかないとな! 『リオナちゃん、復帰しました!』って!」
早速スマートフォンを操作する権藤。その隣にいたアキラは、「お姉さん、頑張ってね!」と彩花の肩を叩く。
「リオナちゃんを早く見つけてあげるのよ!」
「は、はい!」
彩花が返事をすれば、鏡に映る派手な女も口を開く。やっぱり、これは自分なのだ。
彩花と共に美容室を出た権藤は、腕時計を見た。
「やべぇ。もう出勤の時間だ。店に戻って、まずはキャストたちを誤魔化さないとなぁ」
「えっと、『リオナ』はこれまで病欠してた、ってことでいいんですよね?」
リオナは急病で入院していたが、退院して、今日から店に復帰する――権藤が考えた、リオナの失踪から復帰までのストーリーを、彩花は頭の中で確認する。
「復帰はしたけれど、病み上がりだから、無理はできない。だから、常連のお客さんだけに接客する、ってことですよね?」
「そう! 酒も無理して飲まなくていいからさ、客から舞花のことを聞き出すことに専念してよ。あと、お姉さんが俺と話した舞花のケータイって、今持ってる?」
「は、はい」
彩花はバッグの中からそれを取り出し、権藤に渡した。
「これはリオナの営業用のケータイだよな。これでリオナの客に、営業メールをしておくか!」
権藤は歩きながらも、器用にメールを打つ。その様子を彩花がじっと見ていると、権藤は微笑んだ。
「でも、助かったな。このケータイのお陰で、お姉さんに会えたんだもんなぁ」
「そうですね」
笑顔になった彩花の背中を、権藤は気合いを入れるように叩いた。
「じゃあ、店に入ったら、もう『リオナ』だからな。頼んだよ、お姉さん!」
「みんな! リオナが復帰したぞ!」
店の更衣室に入るなり、権藤が叫ぶ。ド派手な盛り髪と、毛穴の見えないメイクに包まれた、キャストたちの顔。それが一斉に、権藤の後ろにいた彩花へと向く。
「ほら、挨拶!」
権藤にせっつかれ、彩花は頭を下げた。まずは休んでいたことを、謝るべきだろうか?
「あ、あの、長い間お休みして、申し訳ありませんでした!」
キャストたちは返事をせず、ただ彩花を見ている。
「奥にハートのステッカーが貼ってあるロッカーがあるだろ? あれが舞花だから。あの中から適当なドレスを選んで、着替えて」
権藤の囁きに頷き、彩花は更衣室へと足を踏み入れた。後ろでドアが閉まれば、一気に不安が募ってくる。
様々な香水の匂い。煙草の煙。その中で、たくさんのキャストたちが、着飾った華やかな雰囲気とは真逆の、不気味な視線を彩花に向けてくる。
どうしよう。完全にアウェーだ。彩花の頭に浮かぶのは、「場違い」の一言。
洗濯物が乾くことや、味噌汁が美味しくできたこと。そんなものに日常の喜びを感じる自分が、こんな所にいるなんて。ライオンの群の中に、ウサギが迷い込んだ。そうとしか思えない。
キャストたちはそれぞれ、化粧直しや営業メールで忙しそうにしている。だが、彩花へと視線を向けるのを止めなかった。自分が「リオナ」ではないことがバレているのか、とも思った。だが、そのような感じでもない。
足が竦むのを感じながらも、彩花はロッカーへと進む。舞花のため、と何度も唱えながら。そしてロッカーへと辿り着くと、近くにいたキャストが、フン、と鼻で笑った。
「一週間も休んでるから、辞めたのかと思ってた。っていうか、あんたなんか辞めてくれた方がよかったのに」
すると他のキャストたちが、クスクスと笑い出す。
「枕嬢のくせに」
「店長とだってさ」
小さく漏れ聞こえる声。だけど彩花には、その意味が分からない。「マクラジョウ」? 「店長と」? それが、舞花と何の関わりがあるのか。
いいや、それよりも。彩花は大きく息を吐き出し、ロッカーを開ける。その中にあった、比較的地味なピンクのドレスを選んで着替えた。
そしてシルバーのサンダルに履き替え、そそくさと更衣室を出る。廊下では、権藤が待っていた。手にはさっき彩花が渡した、舞花の携帯電話が握られている。
「ほら、見てみろよ! 営業メールした客から、早速『今日、店に行く』って返事、来てるぞ!」
メール画面を彩花に見せて、権藤は嬉しそうにしている。そして素早く携帯電話をしまうと、彩花の耳元に呟いた。
「いいか、お姉さん。客の中に怪しいヤツがいたら、すぐに俺に報告してくれ。絶対にリオナを、見つけ出そう」
力強い権藤の言葉に励まされるように、彩花は大きく頷く。すると権藤は、簡単に接客の手順を教え始めた。
まずは挨拶、そしておしぼりを渡す。煙草に火を点けるタイミング。水割りの作り方に、店内で用いる様々なサインや隠語、などなど。
「お客さんと話に詰まったら、『へぇ』とか『うんうん』とか、適当に相槌打っておいて。で、マズいことしちゃっても、『病み上がり』ってことで済むと思うから、安心して!」
それのどこが安心なのか分からないが、彩花はとりあえず「はい」と返事をした。
そして『Bella Donna』の開店時間を迎えた。その直後に、ボーイの声が響く。
「リオナさん! 五番テーブルで山田様のご指名です!」
「は、はい!」
控え室にいた彩花は、ホールの中へと足を進める。赤と黒で統一された内装。ギラギラと光るシャンデリア。そんな煌びやかな雰囲気に圧倒されつつ、既に客の入ったボックス席の合間を歩く。
緊張を隠せず、ロボットのような歩き方で、五番テーブルに辿り着いた。そのソファには小太りな男が座っている。これが「山田様」だ。
まずは挨拶。権藤の教えに従おうと、頭を下げる。すると突然、男が彩花に抱きついてきた。
「リオナちゃーん! 会いたかったよー!」
「きゃあああ!」
彩花は叫び、体を仰け反らせた。すると山田は、「ん?」と首を傾げる。
「リオナちゃん、どうしたの? いつも僕に、抱きついてくれるじゃないか! 『山ちゃん、会いたかったー!』って!」
男の人に抱きつく? しかも、こんなデブ……じゃなく、むちむちした人に? 彩花は一気に不安になる。舞花は一体、ここでどんな仕事をしていたのか。そして自分も、どんな仕事をやる羽目になるのか。
「リオナちゃん、病気だったんだって?」
ソファに座った山田は、心配そうに彩花の顔を覗き込んだ。
「入院してたって聞いたけど、大丈夫なのかい?」
「は、はい。まだ全快ではないのですが」
「そっかぁ。だからいつものリオナちゃんとは違うのかな? いつもなら、こうやって席に着いたらすぐに、『お酒飲みたい!』って言うもんねぇ」
「あの、でも、今日は病み上がりで、お酒が飲めないので……」
「で、いつもなら、『山ちゃんのおっぱい、プニプニしてる~』って、僕の胸を触ってくれるじゃないか! 今日も触ってよ~」
何をやってるんだ、舞花は! 彩花は顔を赤らめ、心で絶叫した。
それでも、こんな様子の山田を見ていれば、分かることはある。彼は、舞花が失踪したことに関わっていない。確実に。
この人は、問題なし。そう思い、やっとのことで一人目の接客を終えた。
その直後、またもや別の指名が入る。
「リオナ! どうしたんだよ、お前! 入院してたって本当か?」
今度は、高橋という客だった。体育会系っぽいサラリーマン。まずは休んでいたことを謝ろうと、彩花は頭を下げる。
「は、はい。急病だったので、連絡できすに、すみません」
「へぇ。お前って図太そうだし、病気の方から逃げていきそうだけどな」
高橋は笑い、シャンパンのボトルを注文した。
「ほら、お前の好きな酒だろ? 飲んでいいんだぞ?」
「あ、あの、病み上がりなので……」
「大丈夫だよ! 飲んだ方が治るって!」
そんなことあるか、と彩花は思い、「い、いえ、結構です」と目を伏せる。すると高橋は、彩花へと顔を近づけた。
「……何かさ、今日のお前、変だぞ」
「え? あ、そ、そうですか? や、病み上がりだからかな?」
「いや、それだけじゃない。いつもと違って……ちょっと色っぽいな」
酔っているのか、高橋は目をトロンとさせて、彩花の肩を抱き寄せた。
「お前って、いつもは元気いっぱいで、ギャハハって笑ってる感じだろ? だけど今日は……色っぽいよ」
高橋の顔が近づき、酒臭い息が顔にかかる。そしてナメクジのような高橋の唇が、ゆっくりと迫ってきた。
やだやだやだ! 彩花は目を瞑り、声に出さずに絶叫した。
「お客様!」
その時、権藤の大きな声が響き、高橋の動きが止まる。
「リオナちゃんは病み上がりですので、どうぞお手柔らかに!」
権藤は二人の前に跪き、笑顔で窘める。すると高橋は我に返ったように、彩花から離れた。
ほっとして、彩花は権藤に会釈する。すると権藤は苦笑いし、高橋に聞こえないように呟いた。
「気をつけろよ。変な客も多いから、何かあったら俺を呼んで。すぐに助けるから」
そんな気遣いが、不安さを打ち消してくれるほど嬉しい。彩花は感謝をこめて、権藤に頷く。そして高橋についても、「問題なし」と判断した。
その後、彩花は三人の客についたが、どの客にも怪しい所はなかった。皆、病み上がりの「リオナ」の体調を気遣い、隙を狙ってボディタッチをしてくるだけだ。
そんなスケベな客への、連続の接客。すっかり疲れ切った彩花に、またもや指名が入る。
「リオナさん、十三番テーブルで、有田様がご指名です!」
今度はどんなスケベな客なのか。彩花が重い足を引き摺って、ボックス席に行く。そこには、優しげな表情をした老人が座っていた。
「おお、リオナちゃん。今日も可愛いなぁ」
これまでの客とは違い、いやらしい感じのしない、品のいい「おじいちゃん」だ。彩花は安心して、「こんばんは」と挨拶をした後、隣に座る。
「リオナちゃん、病気だったそうじゃないか。もう大丈夫なのかい?」
「は、はい。まだ本調子ではないのですが」
「そうか。くれぐれも無理をせんようにな」
「はい!」
「おお、いい返事だ! リオナちゃんはご両親を早くに亡くして苦労しているのに、いつも元気でいいねぇ。私も元気を貰えそうだ」
嬉しい。こうして舞花を見てくれている客もいるのだ。舞花も、なかなかいい仕事をしてるじゃない。そう思いながら、彩花は有田に水割りを作る。
話をしていくうちに、この有田のことがいろいろと分かってきた。会社を経営している「社長」であること。妻に先立たれていること。そして、とても読書家だということ。
「昔、中原中也という詩人がいてね」
「あ! 私、中原中也が大好きなんです!」
思わぬ共通点。彩花は喜びのあまり、大きな声を上げた。
「リオナちゃん、中原中也を知っておるのか! 若いのに、珍しいなぁ。私も好きなんだよ」
有田は嬉しそうに目を細める。そして、彩花も笑顔になった。恐らくこの人も、舞花の失踪には関わっていないだろう。こんな優しげな人が舞花を唆すなど、あり得ない。
彩花がそう思い始めていると、有田は突然、「そうだ、リオナちゃん」と膝を叩いた。
「例の件だが、考え直してくれたかい?」
「え? えっと……」
「リオナちゃんには、何の面倒もかけんよ。うちの弁護士が用意した書類にサインをするだけだ。リオナちゃんが同意してくれれば、すぐに準備するのでな」
「え、あの、その……」
どうしよう。一体何の話だろう。彩花は話についていけず、咄嗟に権藤の言葉を思い出した。話に詰まったら、適当に相槌――その権藤のアドバイス通りに、とりあえず相槌だけで対応することにした。
へぇ。はぁ。ふぅん。ほほぉ……。そんな彩花の相槌のバリエーションが、いよいよネタ切れに近づいた時だった。
「社長!」
大きな声が聞こえ、顔を上げる。テーブルの前で、細身の若い男が仁王立ちしていた。高そうなスーツを着たその男は、神経質そうに細い眉を吊り上げる。
「何だ、克己か」
有田はため息をつき、水割りを飲む。そのグラスを、男が手を伸ばして取り上げた。
「どこに行ったかと思えば、またこんな所にいたんですか!」
「こんな所とは失礼だな。ここは男の楽園だぞ。なぁ、リオナちゃん」
有田が彩花に視線を向ける。それと同時に、「克己」と呼ばれたその男も、彩花へと顔を動かす。すると、一瞬で表情を変えた。
「もう社長に近づくなと言っただろう! いい加減にしろ!」
男の声の大きさと、威圧感。そして、憎しみをこめた眼差し。
怖い。彩花が思わず体を竦めると、「おい、克己!」と有田が叫ぶ。
「大きな声を上げるな。リオナちゃんが怖がっているだろう?」
「この女は、こんなことではビビったりしませんよ!」
克己は舌打ちして、彩花の腕を引っ張る。無理やりに立ち上がらせると、目の力を強め、小声で呟いた。
「何でお前が、ここにいる?」
「え?」
何のこと? 反論もできず、彩花が瞬きを繰り返すと、克己は再び口を開いた。
「お前は消えたはずだろう? 何故、ここにいるんだ?」
消えた? 彩花はその言葉を、頭の中で繰り返す。それは、舞花の失踪のことを言っているのだろうか? そうだとしたら、何故、そのことを知っているのか。
湧き上がる疑問を抱え、彩花は戸惑いの視線を克己に向け続けていた。
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第3話 舞花と克己は9月9日(月)更新です。
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イイネ!
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