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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.09.30

第6話 彩花と権藤

「五百万くれるなら消える。社長にも近づかない。そう提案してきたのは、『リオナ』からだった。で、俺から五百万を受け取ったよなぁ?」
 克己は彩花の腕に指を食い込ませ、語り出す。そして彩花は、そこから生まれる痛みに耐えながら、納得していた。やはり舞花との間で、そんなことがあったのか、と。
「そして、『リオナ』は消えた。だけど、偽者のお前が現れた。その目的は何だ?」
「わ、私は、偽者ではありません」
「嘘をつくなよ。お前は本物に頼まれて、『リオナ』になりすましてんだろ?」
 疑いと叱責。克己の目には、その色しか見えない。彩花を「偽者」と断罪し、火あぶりの刑にでもしそうな勢いだ。
 実際、舞花になりすましている以上、責められるのは仕方がない。だが彩花は、自分の本当の気持ちだけは信じてほしかった。
「お願いです! 信じてください! 私は有田さんに、何かしようとはしていないんです!」
「水商売の女を、信じろって言うのか?」
 克己は吐き捨てるように言い、ホールを見渡した。
「水商売の女なんて、男から金を巻き上げてるだけだろ? そんなお前みたいな女の、何を信じろって言うんだよ!」
「で、でも! どうしても信じてほしいんです!」
 声を振り絞る彩花の目に、涙が溢れ出す。泣いてはいけない。私は「リオナ」なんだから。もっと強く、もっと元気でいなくちゃ。
「また涙かよ。そのお前の作戦にも、飽きてきたな」
 嘲り笑う克己に、彩花は絶望を感じていた。こんなにも必死で訴えているのに、この男は全く受け付けようとしない。それは、自分が彼にとって憎むべき相手だからだろうか? それとも、この男が元々、疑り深い人間なのだろうか?
「どうして信じてくれないの?」
 しゃくり上げながら、彩花は呟いた。自分の気持ちは、届かないのかも知れない。それでも、伝えない訳にはいかないのだ。自分のためにも、舞花のためにも。
「私は、ただ、あの子のために……」
 自分のために、必死で働いてくれていた舞花。その妹を救うためになら、どんなことでもすると誓ったのだ。だから、この男の言葉や態度には、負けたくなかった。なのに今は、泣くことしかできていない。そんな自分が歯痒く、悔しい。
 すると、ひたすら涙を流す彩花の腕から、不意に克己の手が外れた。
 目の前にいる克己は、さっきまでの憎々しげな表情を消し去っていた。代わりに大きく目を見開き、彩花をじっと見つめている。
 だが彼は、彩花を見てはいないようだった。彩花ではない誰かを、そして今のこの時間ではなく、遠い昔を覗き見ている。そんな眼差しを、彩花の顔に集中させているのだ。
「えーと、お客様。リオナちゃんが失礼を致しましたでしょうか?」
 その時、権藤が彩花と克己の許へとやって来た。二人の間へと入り込み、ヘコヘコと腰を曲げている。
「何でもない」
 不機嫌そうに答えた克己に、権藤は声を潜める。
「他のお客様もいらっしゃいますし、何かお話があるのであれば、ぜひ外でお願いします」
 すると克己は、返事もすることなく、体を翻す。そして早足でホールを去っていった。
「お姉さん、大丈夫だった?」
 心配そうな権藤に、彩花は何度も頷いてみせた。
「は、はい。すみません」
「あの男のことは気にしなくていいからさ。十六番に指名が入ってるから、行っちゃって」
「は、はい」
 権藤に言われるまま、十六番テーブルへと向かう。そこには、既に何度か接客をしたことがある、常連客の矢沢がいた。
「さっきリオナちゃんと話してたのって、『有田ビル』の社長の孫だろ? あいつ、リオナちゃんの客なの?」
 彩花が隣に座るや否や、矢沢はいきなり話し始めた。矢沢が何故、克己のことを知っているのか。彩花は驚きつつも、頭の中の顧客データを蘇らせた。
 そうだ、矢沢は不動産会社に勤めていると言っていた。だからこそ、同じ業界の「有田ビル」についても知っているのだろう。
「あいつ、業界で評判悪いんだよ。『血も涙もない人間』とか『人でなし』って言われてるし。強引なことばっかりするヤツでさぁ。ゼネコンの連中も、毛嫌いしてるしさぁ。社長の孫ってことで、好き放題やってるんじゃねぇの?」
 その克己の評判は、きっと本当のことなのだろう。彩花に対する態度を見ても、克己の強引さはよく分かる。あの感じで仕事をしていれば、周りから反感を買うのは確実だろう。
 だがそこで、彩花の心にはブレーキがかかる。それ以上、克己を悪くは思えない、不思議なブレーキが。
 さっき、彩花を見ていた時の、克己の不思議な表情。あの眼差しは、矢沢が言うような克己のイメージとは異なるものだ。そして、これまでの彩花に対する態度とも、全く違う。
 その上、彼は重大な事実も語っていたではないか。舞花に渡したという五百万円と、舞花が「消えた」という事実。それが繋がっていそうなのに、繋がりが見えてこない。だが、あと一歩で舞花に辿り着けそうな気もするのだ。
 矢沢や他の客に接客している間も、彩花はそのことばかり考えていた。やっと見えてきた、舞花へと繋がる細い糸。それを手繰り寄せたい一心だった。
 閉店後に、タクシーで自宅へと帰る間もそうだった。彩花の頭の中にはずっと、克己の言葉と、彼の不思議な表情が渦巻いていた。
 そしてタクシーが自宅前へと到着すると、彩花は降車し、家の前へと歩み寄る。夜の闇の中で、唯一の明かりである玄関灯の前に立ち、鍵を出そうとバッグを開いた。
 すると、ライトで黄色く染まっていたバッグの中が、突然暗くなる。不思議に思い、顔を上げると、口元に何かが触れた。それが人間の手で、口が塞がれている――彩花がその状況に気づくのに、数秒かかった。
 何? 何が起こったの? 驚きのあまり、彩花の体は凍りつく。
 背後から伸びる、革の手袋で覆われた手。彩花の口を押さえるそれに、力が入る。顔を押されて後ろによろけると、後頭部が何かにぶつかった。それがこの手の主の、胸板であることが分かった瞬間、頬に硬く冷たい感触が当たった。
 これは、ナイフだ。そう気づけば、寒さに似た恐怖が、一気に全身を駆けめぐる。
 怖い。怖いよ。早く声を上げ、助けを求めたかった。だが声は出ず、体は動こうとしない。冷や汗だけが、ひたすら流れていく。
 何故、こんな目に遭ってるの? どうして、この人は私を狙っているの? そんな疑問が浮かぶが、彩花はすぐに打ち消した。そんなことよりも、何とかこの状況から逃げ出さなくては。
 窮鼠猫を噛む――そのことわざを思い出し、彩花は口に当てられた手に噛みついた。するとその手が、口元から離れていく。その隙に、彩花は爪を立てて右手を振り下した。それが、ナイフを持った手首に命中し、そこに大きな引っ掻き傷をつけた。
「……っ」
 ナイフを持ったその人間は、小さな呻き声を上げる。そして傷ついた手首を庇いつつ、暗闇の中へと走り去っていった。
 恐怖が去ったにもかかわらず、彩花の体は強張ったままだ。その場にへたり込み、空っぽな視線を前へと投げ出している。しばらくして、後追いのように、堪えていた感情が溢れ出てきた。
 怖い怖い怖い! 声に出さずに叫んだ後、彩花は思わず舞花の名を口にしていた。
「舞花……助けてよ……」
 ねぇ、舞花。あんたと私は、いつだって二人で分け合ってきたじゃない。辛いことも、楽しいことも、全部二人で感じてきたじゃない。なのに何で、今、あんたがいないのよ。助けてよ、怖いんだから!
 とにかく、誰かに助けてほしかった。彩花は泣き出しながら、バッグからスマートフォンを取り出し、電話をかける。彩花が今、頼れるのは、一人しかいないのだ。
「もしもし」
 数回の発信音の後に聞こえた、権藤の声。それに反応し、彩花は涙声を上げる。
「て、店長さん! 私です! 彩花です!」
「……お姉さん、どうしたの?」
「い、今、家の前で襲われたんです!」
「え! ちょ、大丈夫? 襲われたって、一体何があったの?」
 彩花は答えようとせず、ただ泣きじゃくっている。これでは、どうしようもない。権藤はため息をつき、短く尋ねた。
「今、どこ?」
「家です。家の前にいます」
「家って、舞花の履歴書に書いてある、実家の住所っすよね?」
「は、はい。たぶんそうだと思います」
「じゃあ、少し待ってて。今から行くから!」
 その通話が終わった後、十分ほどで権藤はやって来た。息を切らして走ってきた権藤は、玄関前でうずくまる彩花に声を掛ける。
「お姉さん、大丈夫?」
「は、はい」
「い、一体、何があったんだよ」
「それが……よく分からなくって」
 上手く説明することもできず、彩花は震え続けていた。権藤はその腕を引っ張り、彩花を立ち上がらせる。
「何にせよ、こんな状態なら、一人じゃ不安でしょ? 今日は、俺の部屋に泊まりなよ」
「え? で、でも」
 権藤の申し出は、ありがたいものではあった。だが彩花は、男性の部屋に泊まる、ということに、拒否反応を示している。
 そんな彩花の気持ちに気づいてか、権藤はケタケタと笑い出した。
「大丈夫だよ。お姉さんは、舞花のお姉さんだしさ。そんな大事な人に、俺は何もする気はないっすから!」
 その笑顔に安心して、彩花は照れながら、大きく頷いた。
「は、はい。では、お言葉に甘えて……」



 権藤が住むマンションは、彩花の自宅から歩いて十数分のところにあった。七階にある権藤の部屋に入るなり、彩花はバスルームへと案内された。
「シャワー、使ってもいいっすよ。そこにあるメイク落としとか化粧水とか、全部舞花のだから、使っていいと思う」
 洗面所に並ぶ、化粧品の数々。それは確かに、舞花がいつも使っているものと同じ物ばかりだった。
「で、これ、着替えね。舞花のだから、サイズは合うよね?」
 権藤から手渡された、Tシャツとハーフパンツ。それは、舞花の好きなサーフブランドのものだった。
 この部屋に、舞花のものが数多く存在している。それはつまり、舞花がここに泊まることが多かった、ということだろう。恋人同士なのだから、当たり前のことではある。だが、何だかくすぐったい気がしてしまう。
 シャワーを浴び終えて着替えると、彩花はバスルームを出た。そしてリビングに行くと、権藤が大きな毛布をソファに運んでいた。
「お姉さんは、このソファで寝てよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「礼なんていいよ。それよりも、お姉さんを襲ったヤツって、何が目的だったんだろうなぁ。お姉さん、心当たりある?」
「い、いえ。それが、全く……」
「もしかして、舞花のことと関係があるヤツなのかなぁ?」
 それは、彩花も感じていたことだった。犯人には、金品を狙う雰囲気もなければ、いたずら目的のような感じもなかったのだ。
 あの犯人が、舞花の失踪に関わっているとしたら――そう思い、彩花は思わず体を震わせる。
「犯人って、どんなヤツだった?」
 権藤の問いに、彩花はその姿を思い浮かべようとする。だがその姿は、全く見えてはこない。
「暗闇で襲われましたし、顔も見えなかったんです」
 彩花は困ったように首を振る。だが、自分の爪を見れば、思い出すことがあった。
「そうだ! 手がかりはあるかも! 私、犯人の手首を引っかいたんです! だから犯人は、手首に怪我をしているはず!」
 この、スカルプチュアの長い爪。何をするにも不自由で、鬱陶しかったのだが、今日初めて役に立ったのだ。
 にっこり笑う彩花を見て、権藤も笑う。だがその笑顔は、少し悲しげだった。
「まぁ、これからは気をつけた方がいいっすよ。何ならこれから毎日、俺がお姉さんを送り迎えしてもいいし」
「い、いえ! そこまでしなくても……」
「いいや、気をつけた方がいいんだって! それに、お姉さんが危ない目に遭ってるのを見ると、舞花も辛いんじゃないかなぁって思っちゃうしさ……」
 彩花を見る、権藤の眼差し。そこには、強い愛情の力が感じられる。だがそれは、自分に向けてられている訳ではないと、彩花は気づいていた。
 彼は、自分を通して、舞花を見ているのだ。愛しい舞花を、心から想っている。
 こんな風に愛されている、舞花が羨ましい。彩花はそう思ってしまった。



「リオナさーん! 九番テーブルで、有田様のご指名でーす!」
 次の日も、有田は『Bella Donna』へとやって来た。指名を受けた彩花がボックス席に行けば、そこには有田だけでなく、克己までもが座っていた。
「すまんな、リオナちゃん。私がリオナちゃんに会いに行くと言ったら、こいつが一緒に行くと言って聞かなくってなぁ」
「性悪女に社長が唆されるのを、防ぐ必要がありますから」
 申し訳なさそうな有田の横で、克己が腕を組み、彩花を睨みつける。その眼差しには、昨日の切なそうな様子は、一片も残ってはいない。
 早速水割りを作ろうと、彩花はグラスを手に取った。その時、有田がアルコールを制限していることを、不意に思い出す。ならば、ウィスキーを少なめにしようか。そう考えを巡らせつつ、彩花はグラスに氷を入れる。その横顔を見て、有田がぽつりと呟いた。
「やっぱり、似ているなぁ」
「え? 何がですか?」
「リオナちゃんが、そっくりなんだよ。死んだ私の娘に」
 その言葉に、仏頂面の克己が、眉をぴくりと動かす。その反応に気づかずに、有田は彩花を見つめたままでいた。
「なぁ、克己。お前もそう思わんか? リオナちゃんは、お前の母親に似ているよなぁ」
「あんな女のことは、忘れました」
「あんな女、とは何だ。お前の母親だろう?」
「母親だろうと、俺にとってはそこら辺にいる女と変わりません」
 克己はため息をつき、髪を掻き上げる。その手首に、白い包帯が見えた。
 手首に、包帯。つまり、怪我をしているのだ。それが心に引っ掛かり、彩花はふと、自分の爪を見る。水色に染められたスカルプチュア。これを、ナイフを持った犯人の手に振り下ろした時の感触。そして続けざまに、夜の闇の中で襲われたイメージが蘇ってきた。
「それって」
 思わず彩花は、克己の手首を指差した。克己はそれに応えるように、包帯を巻いた手首を見せる。
「これか? これは昨日の夜、怪我をしてしまって」
「利き腕じゃないか。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。手は動きますから」
 心配そうな有田に、克己は笑って答える。利き腕だという、包帯の巻かれた彼の手首。それは左手の方だ。
 彩花が襲われた時、頬にナイフを当てられた。それを必死で思い出せば、彩花の左の頬にその感触が蘇る。
 そうだ。あの時、犯人は左手で、彩花の背後からナイフを差し向けたのだ。つまり犯人は、左利きだということなのだろうか? そして自分は、その手を目がけて、爪を立てたではないか。
「まぁ、こんな怪我はどうってことないですよ。したたかな女に、金を取られることに比べれば」
 克己が彩花を見て、ニヤ、と笑う。それがナイフの冷たさになり、彩花の頬へと伝わってくる。
 あの犯人の正体は、もしかして――その疑いを抱きながら、彩花は克己を見る。そして震える手で、そっと頬に触れた。



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第7話 『舞花と有田』は10月7日(月)更新です。
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