北海道東北甲信越北陸関東静岡東海関西中四国九州沖縄

ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.10.15

第8話 彩花と有田

「あの、それって一体……」
 神妙な顔と、後悔を示す口調。普段とは180度異なる有田の態度に、彩花は居たたまれずに尋ねる。有田は悲しげな表情を緩めて、口を開いた。
「あの子の母親はね、昔、ホステスをしていたんだ」
「えっと……有田さんの娘さんが、ですか?」
「そう。一人娘だったこともあって、いい婿をあてがってやらなくてはならない、とそればかり考えていた私は、悦子を厳しく育てていたんだよ。果てには、男女交際にまで口を出してしまうほどだった。それに我慢し切れなかったのか、悦子は十八歳の時、家出をしてしまった」
「そして、ホステスになった、ってことですか?」
「ああ、そうなんだ。家出した後、悦子は銀座でホステスをしていてね、そこで妻子持ちの客と深い関係になってしまったらしい。で、その男との間に、克己ができた」
「では、有田さんの娘さんは、その男性と結婚されたのですか?」
「いいや」
 有田は首を振り、水割りを一口飲んだ。
「克己が産まれたものの、男は悦子を見捨てたんだよ。乳飲み子の克己を抱えた悦子は、必死で働いていたらしいが、体調を崩してしまってな。それが元で、大病を患ったんだ」
 話を切ると、有田は大きく息を吐き出す。そしてホールの出入口近くにいる、克己へと目を遣った。
「克己が五歳になった頃だったかな? 病気のせいで仕事もままならなくなり、貯金も使い果たした悦子が、私に頼ってきた。これまでの非礼は詫びるので、この子と自分を救ってほしい、とね。だが、私はそれを突っぱねてしまった」
「ど、どうしてです?」
 一人娘が苦しみ、困っているというのに、有田は何故そんなことをしたのか、と思わずにはいられない。悦子の苦痛を肩代わりするかのように、彩花は顔を顰める。それを見て、有田は自嘲的に笑った。
「私はね、自分の娘がホステスにまで身を落としたことを、許せなかったんだよ。そんなことは、一流企業の社長令嬢がすることではない、と当時の私は思っていた。だから、悦子を突き放してしまったんだ。『ホステスになった女など、娘ではない』とね。そしてその数日後、悦子は自ら命を絶った」
 有田は顔を上に向け、目を瞑った。シャンデリアの小さな光の粒が、彼の顔に落ちる。いつもならば、若々しく気力に溢れている。そんな有田が今は、数百年も生きた大木のような雰囲気を纏っていた。
「その後、私が克己を引き取ったんだ。あの子の母親を死に追い遣ったのはこの私なのに、何故か克己は私を恨もうとはしなかった。『勝手に水商売の世界に入り、くだらない色恋に走った母が悪い』と、ずっと悦子を恨んでいる」
 首を曲げて、有田は再びホールの出入口へと目を遣る。彩花も視線を向けると、通話をし続ける克己が見えた。仕事の話をしているのか、厳しい表情で口を開いている。その姿は、男女のじゃれ合う会話が響くホールの雰囲気とは、完全に切り離されていた。
 そんな彼が口にする、水商売の女に対する侮蔑の言葉。それは、ホステスだった母親に対する、恨みによるものなのだろう。だが、それはお門違いだ、と彩花は思っていた。そんなものは、逆恨みに等しいではないか。それに、「水商売の女」と一括りにされることもまっぴらだ。恨むべきは、彼の母親でも、この世界中の水商売の女でもないだろうに。
「私は、償いたいんだ。悦子にも、克己にも」
 有田は一気に体を窄め、落ち込みを見せた。巨大企業の社長とは思えない、惨めな姿。着飾ったキャストたちが彩るホールの中では、彼の落胆が浮き立って見える。だがこれが、この老人の本当の姿なのかも知れない。そう思えば、彼の惨めさが、一層強く彩花の目に映る。
 彼は、許しを請いたいのだ。死んだ娘には遅すぎるとしても、せめて克己だけにでも謝りたいと思っているに違いない。
「有田さんのその気持ちは、きっと克己さんにも伝わります」
 彩花は有田を見つめ、力強く言った。
 有田の克己に対する気持ちは、本物だ。強い思いは、必ず伝わる。彩花は今、自分でもそう信じていたのだ。
「私も、妹……じゃなく、姉のことで、いろいろと心配なことがあるんです。すごく心配なんですけど……あの子は大丈夫なんじゃないか、って何となく分かるんです。それは、私も必死であの子のことを考えているし、あの子だって私のことを考えてくれているからじゃないかなぁ……って」
 舞花が失踪したのは事実だ。だが彩花は、それが舞花の意志によるものだとは、これっぽっちも考えてはいなかった。それは、彩花が舞花を信じている証拠であり、お互いが強く結びついているからでもあるのだ。
「気持ちを伝えたかったら、相手のことを、強く、しっかりと思い続けることが大事なんです。だから、きっと大丈夫です! 有田さんの気持ちは、いつか必ず、克己さんに伝わります!」
 彩花が舞花を思っているように、舞花だって彩花のことを思い続けているはずだ。だから彩花は、舞花が無事であることが分かる。そして、彼女が金を持ち逃げしたり、有田の財産を狙ったりなどしていない、ということも。
 その思いを込め、彩花は有田の背中に手を添えた。そして何度も「大丈夫ですよ」と繰り返す。それに釣られて、有田の顔色が次第に良くなっていった。
「ありがとう、リオナちゃん。やっぱり、リオナちゃんに励まされてしまうな」
「い、いえ、そんな!」
 自分は舞花のように、ここ来る客に元気を与えたり、勇気づけたりすることはできない。他のキャストたちのように、営業トークを繰り広げることもできなければ、女としての魅力を振り撒くこともできない。
 だけどその代わり、苦しんでいる人を支えてあげることはできるのではないか。この店で接客をしているうちに、そんな自信が彩花の中に生まれつつあった。



「お姉さん。俺、聞いてたんだよね、あの話」
『Bella Donna』の閉店後、タイムカードを押しに来た彩花を、事務室にいた権藤が引き留める。「あの話」が何を指すのか分からず、彩花は首を捻った。
「今日、有田さんがお姉さんに話してたこと! 克己ってヤツの、母親のことっすよ!」
 あの話を、どこで聞いていたというのか。驚く彩花を横目に、権藤は話を続けた。
「今日の有田さんの話を聞いて、克己ってヤツが有田さんと上手くいってないって、よく分かりましたよ! だから有田さんも、あの克己って孫に財産を譲るぐらいなら、舞花に財産をあげよう、って思ったんじゃないっすかねぇ?」
「そ、そうでしょうか?」
「きっと、そうっすよ!」
 権藤は事務室の壁に凭れ、自信ありげに叫んだ。タイムカードを押しに来たキャストたちが、そんな権藤を不思議そうに見ている。権藤は誤魔化すように、軽い笑顔を浮かべ、「お疲れ!」と彼女たちに手を振った。
「克己ってヤツ、性格も悪そうだしさ。有田さんもその孫を、本当は嫌がってるんじゃないかなぁ? だから、『リオナ』が財産を受け取る方が、有田さんは安心するんじゃないっすかね?」
 克己が評判のいい人物ではないのは事実だろう。彩花だって、あの蛇みたいな粘着質の目で睨まれて、嫌な思いをしている。だがそれは、克己自身が言っていた通り、彼を蔑む人間たちを見返したいがための、結果のような気もするのだ。
 それに、有田は克己を嫌ってはいない。なのに、有田が財産の一部を舞花に渡そうとしていることが、不思議なのだ。
 昨日、彼が彩花に見せた、悲しげな表情。あれこそが、彼の真実の顔なのではないだろうか? そうは思っても、彼には怪しい部分が多過ぎる。腕に巻かれた包帯。そして、スマートフォンの着信音である『ジムノペディ』。それらが、彩花の克己に対する判断を鈍らせていく。
 彼は舞花の失踪に関わっているのか、それとも違うのか――考え続ける彩花は、眉間に皺を寄せた。可愛らしい彩花の顔が、ゴルゴ13のようになっていくのを見て、権藤が笑う。
「ま、お姉さんは、舞花の手がかりを探すことに今は集中してよ! 有田さんの財産のことは、それからでもいいでしょ?」
「は、はい。そうですね」
 ほっとしたように彩花が頷く。すると事務室の壁から、またもやカリカリ、とネズミが引っ掻く音が聞こえてきた。



 ヤバい。また寝ていた。
 彩花は下りていた瞼を必死で上げ、講義に集中しようとした。だが、あくびが独りでに漏れてしまう。
 昼は大学、そして夜はキャバクラ嬢。そんな生活を続けて、既に十日近くが経っている。慣れない仕事による疲れと、睡眠不足。体力的にも限界に近く、大学の講義を受けている最中に、居眠りをしてしまっていた。
 まずいなぁ。単位も落とさないように気をつけなきゃ。あと、家事もぜん全然してないし。布団だって、一週間も干せていない。
 それでも、この二重生活を続けることに、迷いも後悔もなかった。舞花を、早く無事に助け出すためだと思えば、これぐらいのことなんて。彩花はひたすら気力を振り絞り、お経のような教授の話に耳を傾ける。
 そして最終講義が終わると、彩花はアキラの美容室へと駆け込んだ。そこで「リオナ」に変身した後、『Bella Donna』へと出勤した。
「リオナちゃん、最近顔色が悪いけど、大丈夫かい?」
 この日、最初の指名客である新島が、彩花の顔を心配そうに覗き込む。
「もしかして、まだ病気が治ってないの?」
 いいえ、ただの疲労と寝不足です。そう言う訳にもいかず、彩花は愛想笑いを繰り返す。
 マズい。お客さんに疲れがバレるなんて。ただでさえも、ここのホールの白いライトに照らされれば、青い顔が更に青くなるというのに!
「ちょっと、お姉さん! 顔がコンクリートみたいな色になってるわよ! ものすごくグレーよ!」
 アキラにも今日、顔色の悪さは指摘されていたのだ。彼が何とか顔色隠しのメイクをしてくれたのだが、それにも限界はあるだろう。
 彩花は何とか笑顔を作り出し、「ご心配かけて、すみません」と新島に頭を下げた。そしてこの前、キャストの七瀬が、控え室で新人キャストに教えていたことを思い出していた。
 それは、「困ったら、とりあえず客を持ち上げておけばいい」ということだ。
 こうなったら、それでいこう。彩花は覚悟を決めて、少しだけ表情を曇らせる。
「もしかしたら私、緊張して、顔が強張っているのかも知れません。だって、今日の新島さんが、とっても素敵に見えるから……」
「え、えっ! そ、そうかなぁ」
「はい! 今日の新島さんは、いつも以上に素敵です! そのネクタイのせいかな? とってもお似合いです!」
「あ、分かる? これさぁ、グッチの新作でさぁ!」
 新島がネクタイの話をし始めて、彩花はほっとしていた。何とか、これで誤魔化せただろう、と。



「お姉さん。この後、よかったら一緒に飲みに行きません?」
 この日の閉店後、権藤が突然、彩花を誘ってきた。本当だったら、さっさと家に帰って寝たかった。だけどせっかくの権藤の誘いなのだ。ならば、断る理由もない。
 了解し、連れて行かれたのは、繁華街の奥にある小さなバーだった。間接照明だけの、薄暗い店内。そこは、アフターらしきキャバクラ嬢と客、といった二人連れや、二次会帰りのサラリーマンなどで溢れていた。
 彩花と権藤は、カウンターの端へと案内された。席につくと、二人でビールを注文し、乾杯する。
「お姉さん、もしかして、疲れてません?」
 ビールを飲みながらいきなり切り出す権藤に、彩花は驚いた。その顔を見て、権藤は苦笑いする。
「やっぱり疲れてるんでしょ? ここ数日、顔色悪いしね」
「はい。正直言って、大学とキャバクラの両立が、結構辛くって……」
「そっかぁ。働かせてる俺が言うのも何だけど、体を大事にしてくださいよ。舞花が行方不明な上に、お姉さんが体調悪くしたら、シャレになんないっすから!」
「は、はい。気をつけます」
 権藤が気にかけてくれるのは、嬉しい。だけど彼がここまで親切にしてくれているのは、自分が舞花の姉であるからなのだ。そう考えると、急に心が沈んでいく。
 彩花はちらりと後ろを見た。角にあるテーブル席では、若いカップルが楽しげに話をしている。権藤もここで、舞花とあんな風にしていたのだろう。付き合っているのだから、そんなことは当たり前だ。当たり前のことなのに、こんなにも悲しい気持ちになるなんて。
 微かな落ち込みを見せる彩花の顔を、権藤はグラスを片手にじっと見つめた。
「お姉さんと舞花って、やっぱり似てるよなぁ」
「一応、双子ですから」
「あ、でも、お姉さんの方が可愛いかなぁ? 舞花よりも頑固さがない分、お姫様みたいっつーか」
「そ、そんな! お姫様だなんて!」
 彩花は頬を染めて、首を振る。これまで、「お姫様」などと言われたことなどない。地味で暗くて引っ込み思案な自分が、「お姫様」だなんてあり得ない。
「お姉さんは、十分にお姫様っすよ! ほら、『眠れる森の美女』ってあるじゃないっすか? お姉さんは、『妹と入れ替わったキャバクラの美女』って感じですよ。眠るお姫様が『スリーピング・ビューティー』なら、お姉さんは入れ替わったんだから、『チェンジング・ビューティー』だよね!」
「ふふ。何ですか、それ」
 めちゃくちゃな言い回しに、彩花は微笑みを漏らす。それをじっと見つめ、権藤は語気を強めた。
「俺が言いたいのはさ、『スリーピング・ビューティー』は、王子様のキスで目覚めたでしょ? じゃあ、『チェンジング・ビューティー』はどうなのかなぁ、ってこと!」
 権藤の顔が、彩花へと迫る。お互いの吐息がかかるほどに近づけば、彼が唇を寄せてきていることに気づいてしまう。陰になった権藤の顔。そこで唯一光を放つ瞳が、彩花を見ていた。それから逃れるように、彩花は仰け反った。
「あの! 店長さん! 舞花と間違えてませんか? わ、私、舞花じゃないですよ?」
「分かってるよ」
「も、もしかして、酔ってます?」
「酔ってない」
 低い声を上げる権藤は、カウンターに置かれた彩花の手を握った。いきなりのことに体を固まらせた彩花へと、唇を重ねた。
 う、うわ! 彩花の心の叫びと共に、周りで響く客の声が一瞬で消え去ってしまう。
 静寂の中に、権藤と二人きりでいるかのような幻想。これが、キスってものなのか。いや、ただ唇を合わせてるだけじゃないか。だから、それをキスと言うんだ。いやいや、違うだろう。
 そんな脳内会議を繰り返しているうちに、権藤の唇が一旦離れていく。
「彩花、好きだよ」
 権藤の呟きにくすぐられ、彩花は目を瞑る。その隙に、権藤はもう一度、彩花にキスをしていた。
 柔らかく蠢く権藤の唇を感じ、彩花は考えていた。彼は、舞花と間違えて、自分にキスをしているのではない、と。自分を「彩花」であると認めた上で、こうして優しいキスをしてくれているのだ。
 ならばこのまま、彼の唇の動きに身を委ねたくなる。だが、この人は妹の彼なのだ――その事実が、彩花の体を一瞬で竦ませていく。そして、舞花に対する罪悪感が、心に滲み始めていた。




-------------------
第9話 『彩花と七瀬』は10月21日(月)更新です。
-------------------

■注意■

  • ●この小説はすべてフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
  • ●この小説の著作権は「ポケパラ」にあり、無断転載(部分引用含む)は禁止です。
  • ●無断転載を行った場合、著作権法の違反となります。
ページトップへ