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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.12.09

第16話 真実と決意

 微かに聞こえる、彩花のハミング。克己は最初、それを空耳だと思っていた。彩花がいないせいで、幻の歌声が聞こえているのだと。
「ん? 何だろう、この歌」
 目の前の七瀬が、不思議そうに首を傾げる。それで克己はやっと確信した。やはりこの歌は、本当に聞こえているのだ。
 ならば、この歌を頼りに彩花を探そうと、克己は耳を澄ます。キャストやボーイの声の中に混じる歌を辿れば、ドアが開けっ放しになっている事務室へと繋がっていく。
 あそこか。克己はひしめくキャストの間をすり抜けて、事務室へと入った。
「彩花!」
 事務室に入るなり、克己は大きな声で叫ぶ。歌声もそれに応えて大きくなる。どうやらこの歌は、部屋の奥の壁際から聞こえてきているようだった。
 克己は壁へと歩み寄り、耳を当てた。必死さを帯びたハミングの声が、壁を通して聞こえてくる。この奥だ。この先に、彩花がいる。
「おい。この奥に、部屋はないのか?」
 克己が誰ともなしに問い掛けると、入口近くにいたボーイが、「ああ!」と声を上げる。
「この裏には、表から出入りできる、倉庫があるんです」
 ボーイは事務室へと入り、デスク近くに備えつけられたキーボックスを開けた。色とりどりのタグの付いた鍵の中から倉庫の鍵を探すが、見当たらない。
「……鍵がないです。あそこの鍵は、ここにあったはずなんですけど……」
 焦るボーイの声に被せて、克己は咄嗟に叫んだ。
「警察を呼べ!」
「え? な、何で?」
 ドアから顔を覗かせていた七瀬が、声を上げる。他のキャストも同様で、何が起きているのか全く理解できてない様子だった。そんな彼女たちに、克己は必死の形相を向ける。
「ここに、この奥の部屋に、リオナが……彩花が閉じ込められている!」
「え? リオナが?」
「嘘でしょ?」
 キャストたちの声を振り払うように「黙れ!」と叫び、克己は狭い部屋を大股で進み、鍵を探すボーイの腕を引っ張った。
「この奥の部屋の入口は、どこにあるんだ?」
「え、えっと……隣のビルとの間から入った所です」
「分かった」
 克己は早口で答えると、急いで事務室を出る。通用口へと向かいながら、キャストたちにもう一度叫んだ。
「頼む! 早く警察を呼んでくれ!」
 克己は駆け出し、外へと出ると、隣のビルとの間の小路へと入る。明かりが届かない暗い壁には、ドアノブらしきものが見えていた。
 その前へと駆け寄ってドアノブを捻るが、やはり鍵がかかっている。ドアに耳を当てれば、微かにさっきと同じ歌声が聞こえてきた。
 確実に、彩花はこの中にいる。何とかここをこじ開けなくては。
 幸いにして、ドアノブの中央に鍵穴があるタイプだ。これならばドアノブを壊せば、ドアを開けられそうだ。
 周りを見渡すと、隣のビルの壁際に台車が立て掛けてある。克己はそれを手に取ると、ドアノブ目がけて振り下ろした。



 鋭い金属音が響き、ドアが大きく揺れる。それが倉庫の中にも鳴り響き、空気を震わせていた。
「う、うわ! ドア、壊す気かよ!」
 権藤は舌打ちしながら、床に体を投げ出す彩花と舞花を見下ろした。暴力を受けた二人の顔は腫れ上がり、唇からも血が出ている。権藤はその顔を交互に踏みつけつつ、手に持ったナイフを開いた。
「まぁ、いいさ。まだこっちには人質がいるんだしな」
 権藤はしゃがみ込み、床に転がる彩花の喉元へとナイフを突きつける。その冷たい感触に、彩花は歌うために震わせていた喉を止めた。
 やめて。舞花は訴えるように、痛む体を動かして呻いた。だがそれが、権藤に伝わるはずもない。
 ドアを殴りつける音は続いていた。次第にその音は大きくなり、ついには金属が潰し合う高い音が響く。続けて、カチャカチャと何かを擦り合わせるような音が聞こえてきた。
「ゴ、ゴンちゃん……。は、入ってきちゃうわよ……」
 アキラは怯えて腰が立たなくなり、へたり込んでいる。
「バレたらあたしたち、犯罪者よね? ど、どうしたらいいのよ!」
「知るかよ!」
 権藤が叫ぶと同時に、ドアから鳴り響いていた音が止む。それと同時にドアノブが床に転げ落ち、ドアが勢いよく開いた。
「彩花!」
 叫ぶ克己の姿が、部屋の闇の中で浮かび上がる。瞼が腫れ上がっているせいで、彩花にははっきりと彼の姿は見えなかった。だが、彼がここに来てくれた、という実感から、思わず笑顔になる。
 克己は、ナイフを彩花に突きつける権藤を見て、静かに話し出す。
「二人を、こっちに渡せ」
「……てめぇ、邪魔すんじゃねぇよ!」
 権藤はナイフを構え、そのまま克己に向かって駆け出した。
「ゴンちゃん!」
 アキラが権藤を止めようと、這い出てその脚に縋りつく。
「ゴンちゃん、ダメだってぇ! 人殺しはダメよぉ!」
「うるせぇ! 退けろ!」
 脚に絡みつくアキラを退けようと、権藤は必死でもがいていた。その隙を狙い、克己は手に持った台車を権藤へと振り下ろす。それが直撃した頭を抱え込み、権藤はその場に倒れ込んだ。
 克己は素早く権藤の体に馬乗りになると、握られた右手を解き、ナイフを取り上げる。
「あ、有田さん!」
 七瀬を先頭にして、キャストやボーイたちが倉庫へとやって来た。そして中を覗き込んで、思わず息を止める。
「リ、リオナ?」
 縛り上げられた姿の彩花へと目を落とし、そして、横に転がる舞花の姿を見る。
「リオナが二人いる!」
「え? 何で? 何で、同じ顔の女が二人もいるの?」
「……で、店長もどうしたの?」
 驚きと疑問を口にするキャストへと、権藤を尻に敷いた克己が振り返る。
「警察、呼んだか?」
「は、はい。もう少しで来ると思います」
 七瀬は、大きく頷いた。遠くからはサイレンの音や、警察の無線らしき声も聞こえてきている。
 よかった。ほっとした気持ちで、彩花は猿ぐつわの中で息を漏らす。彼女の隣に倒れている舞花は、目を細め、縛られた足を嬉しそうにぴょんぴょんと動かしていた。
 そして視線を前に戻せば、もがく権藤を押さえつけ続ける克己がいる。彼も舞花と同様に、彩花を見て微笑んでいる。彩花もそれに応えようと、腫らした顔を必死で動かし、笑顔になった。



「準備はできた?」
「うん、大丈夫」
 病室の中で舞花は着替えを済ませ、大きく頷く。彩花はそれを見て、入院中の荷物を入れた大きなショルダーバッグを手に取った。
「じゃあ、行こうか」
 絆創膏の貼られたお互いの顔を見合わせ、二人は病室を出た。
 権藤とアキラが逮捕され、彩花と舞花が無事に保護されたあの日から、既に一週間ほどが過ぎていた。
 顔に怪我は残ってはいたものの、彩花は無事に日常生活へと戻っていた。だが舞花は、長い監禁生活による衰弱も見られたため、検査も兼ねて入院をしていたのだ。そしてこの日、やっと退院することとなった。
 タクシーで自宅に帰ってくると、家に入るなり、舞花はいきなりリビングのソファに寝っ転がった。
「久しぶりにのびのびできるー!」
 背中を伸ばす舞花を、彩花はオープンキッチンから微笑ましく見つめる。
「お疲れさま。本当にあんたが無事でよかった」
「それもこれも、お姉ちゃんのお陰だよ」
「私なんて、大したことはしてないよ」
「そんなことないよ! お姉ちゃんが助けてくれなかったら、あのままあそこで死んでたかも知れないしさー」
「ごめんね。私が店長さんに騙されないで、さっさと捜索願を出してたら、あんたに辛い目に遭わせなくてもよかったのに……」
「確かに辛かったんだけどさ、実はアキラのお陰で、そんなにキツくもなかったんだ」
「え? アキラさんが?」
「うん。あのアキラってヤツ、権藤を好きなんだよ。だから、権藤の言いなりになっちゃったんだよね。だけど根は悪いヤツじゃないし、おネエだからさ、あたしを『可哀想!』なんて言って、結構マメに面倒を見てくれたんだ。体を拭いてくれたり、ドライシャンプーしてくれて、毎日下着も替えさせてくれたし。時々、自分で作ったご飯も差し入れしてくれたなぁ」
「何だか、監禁生活っぽくないね」
「そうそう! そうだったの! だけどさ、権藤が傍にいる時はちょっとね……」
 権藤の名を出したことで、舞花は暗い表情を見せ始める。彩花は何とか話題を変えようと、大きな声を上げた。
「今日の晩ごはんは、退院祝いも兼ねて、舞花の好きなちらし寿司にしたからね!」
「やったー! 早くお姉ちゃんのご飯が食べたかったんだよね!」
 夕食の時間になると、テーブルには舞花の好物ばかりが並んでいた。ちらし寿司に筑前煮、ぶりの照り焼き、きゅうりの三杯酢。二人でテーブルに向かい合って座り、久々の姉の料理を楽しみながら、舞花は口を開く。
「それにしてもさ、お姉ちゃん、すごかったね」
「何が?」
「あんな場面で、歌なんて歌うかなぁ」
「仕方ないじゃない。それしかできないんだもの」
 舞花は焼酎のお湯割りを作り、一口啜る。久々のアルコールが喉に沁みるのを感じ、はぁ、と息を吐き出した。
「克己さんもすごかったよね! お姉ちゃんの歌で、あそこまで辿り着いたんでしょ? もしかして……愛の力ってヤツ?」
 その言葉に、彩花は表情を引き締める。克己は何度か舞花の見舞いには来てくれていたが、助けてもらった日以来、彩花は彼と顔を合わせてはいない。正確に言うと、彩花は彼と、会わないようにしていたのだ。
 電話やメールなどで、克己からは何度も連絡があった。だけど彩花は、それらに応じることはなかった。
「お姉ちゃん、ごめんね」
 彩花が視線を上げると、舞花は頭を下げ、肩を窄めていた。
「あたしが店長の脅しに乗ったせいで、こんなことになっちゃって……」
 舞花は顔を上げたものの、神妙な面持ちのままで、焼酎の入ったグラスを見つめていた。
「あたしが有田さんの財産の受け取りを拒否するって言ったら、店長に脅されたんだ。『言うことを聞かないなら、お前の姉を酷い目に遭わせるぞ』って。それで、財産を受け取らない代わりに、克己さんから金を強請れって言われて……」
 それは、克己が話していた、「姿を消す代わりに、五百万」ということなのだろう、と彩花は納得した。
「それで、五百万貰ったのね」
「うん。でも、それは店長に取られたし……。そして結局、財産も受け取れって店長が言うから、嫌だって言ったら、監禁されちゃって……」
 舞花は箸を置き、再び頭を下げた。
「本当にごめん!」
「謝らなくてもいいよ」
 彩花は手を伸ばし、舞花の肩を優しく撫でる。
「私のために働いてくれていたのは、舞花だもの。そんな舞花が追い込まれていたなら、悪いのは私の方だよ」
「で、でもさ!」
「ううん。舞花は悪くないの。だって私、分かったんだもの」
 戸惑いを見せる舞花へと、彩花ははにかむように微笑んだ。
「あのお店で働いてみて、分かったんだ。キャバ嬢の仕事が大変だってことがね。だから、そんな大変なことを舞花に任せっきりにしないで、これからは自分で働いて、学費を稼ごうって思ってるんだ」
「え? キャバ嬢やるの?」
「まさか! 家庭教師とか、いろいろやってみるつもりだよ」
「えーっ! キャバ嬢やればいいじゃん! お姉ちゃん、向いてると思うけどなぁ」
「無理、無理」
 彩花は笑いながら首を振る。その顔は、舞花の目から見ても、キラキラ輝く、美しいものだった。地味で、引っ込み思案な、以前の彩花の姿はどこにもなかった。



 ダークスーツを着こなし、細身で長身。そんな男を見つけると、彩花はどうしても目で追ってしまう。もしかしたら、彼かも知れない――そんな期待を心に漂わせながら。
 このリージェントホテルのラウンジにも、彼に似た姿をいくつか目にしていた。でも、彼がここにいるはずもない。
「では、有田氏の遺産の相続を拒否される、ということでよろしいですか?」
 目の前に座る弁護士の声に、彩花は視線を戻し、大きく頷いた。
「はい」
「分かりました。では、こちらにサインと、捺印をお願いします」
 彩花が書類にサインと捺印を終えると、弁護士は書類をチェックし、ファイルへとしまい込んだ。
「正式な手続きが終わりましたら、再度ご連絡します」
「はい。よろしくお願いします」
 彩花が頭を下げると、弁護士は上目遣いで彩花を見た。
「それとですね、これは別件なのですが……。克己さんから、あなたにぜひお会いしたい、と申し出があるのです」
 わざわざそんなことを、弁護士を通さなくてもいいのに。彩花は思わず苦笑いしながら、小さく頭を下げる。
「申し訳ありませんが、それはお断りしてください」
「ですが……」
 弁護士の言葉を遮るように、彩花は声を強める。
「私は克己さんを裏切ってしまったんです。裏切った人間は、もう会うべきではないと思います」
 舞花を人質に取られていたとはいえ、権藤の言いなりになり、彼を裏切った事実は消えない。真面目な彩花の心には、その思いが重く圧し掛かっている。
「それについては、克己さんは、全部理解なさっていますよ。あなたが権藤の指示で舞花さんになりすましていたことも、遺産を受け取ると宣言したのがあなたの意志ではないことも」
「それでも、会う訳にはいきません」
 彩花は心のままに、きっぱりと言った。
 彼のことは、今でも好きだった。そして、これからもずっと好きでいるだろう。だけど、これ以上彼に関わる訳にはいかなかった。
「私、克己さんには感謝しているんです。私と舞花を助けてくれたことはもちろんですけど、私を犯罪者にしないように手を回してくださったことについても、本当に感謝しきれないほどなんです」
 彩花が舞花になりすましていたことが、権藤の犯罪の幇助に当たるのではないか、と検察が動き出していることを、彩花も弁護士を通じて耳にしていた。そして、その動きを、克己が裏から手を回してストップさせたらしい、ということも。
「私を助けたことで、克己さんが『有田ビル』の重役の方々に、犯罪者の手助けをするな、と責められたということも聞いたんです」
 克己は、亡き有田の跡を継ぐべき人間なのだ。そんな彼にとって、犯罪者にもなりかねない自分は、余計な存在だろう。
「私は、克己さんの邪魔にはなりたくない。それだけなんです」
 克己の部屋で、同じ言葉を克己に言ったことを思い出す。あの時もそうだったが、今だってそうだ。自分が邪魔をせず、克己が幸せな人生を歩むこと。それ以上、彩花が願うことはなかった。
 かつて厳しい表情ばかりだった彼が、見せるようになった笑顔を彩花は思い出す。母親のことも許せるようになったのであれば、きっと彼は幸せな人生を送れるはずだ。
 だから、もう大丈夫。彼が幸せならば、私も幸せ。彼にもう会えなかったとしても、好きでいることはできるのだから――彩花は立ち上がり、頭を下げる。
「克己さんに、伝えてください。ありがとうございました、と」
 地味で、引っ込み思案で、恋や愛に無縁だった自分が、ひとときでも素敵な時間を過ごせた。こんな自分でも、愛してくれる人がいた。
 全てが、いい思い出。そう思えれば十分だ。
 自分にそう言い聞かせつつ、彩花は弁護士の前から立ち去っていった。



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第17話『再び、彩花と克己(最終話)』は12月16日(月)更新です。
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■注意■

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