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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.11.18

第13話 有田の死

小説挿絵 「どう? 似合う? ありがとうね、お姉ちゃん!」
 このピアスをプレゼントした時、さっそく耳に付け、嬉しそうに舞花が笑っていた姿を思い出す。
 そのピアスが何故、今、ここにあるのか。その疑問が浮かぶ彩花の頭の中に、ドアが開く音が響いた。そのドアからは、ペットボトルを持った克己が姿を現し、こちらへと歩いてくる。
「どうした?」
 シーツに身を包み、壁際に向かって立ち竦む。そんな彩花の姿を見て、克己はゆっくりと近づいてきた。
「どうして……どうして、これをあなたが持ってるの?」
 彩花は克己のいる方向へと、掌を差し出した。克己は彩花の前へとやって来ると、その手の上にあるものを見た。
「これ……何だ? ピアスか?」
「ただのピアスじゃない! これ、舞花のだよ!」
 彩花はピアスを載せた掌を、更に克己へと突き出した。
「これ、あなたのジャケットのポケットに入ってたんだよ! どうしてあなたが、これを持ってるの?」
「はぁ? 知らねぇよ!」
 克己は乱暴に言い捨てると、咄嗟に彩花の顎を掴む。彼女の顔を無理矢理に上へと向かせ、怒りをぶつけるように息を吐き出した。
「それよりもお前、勝手に俺のジャケットのポケットを探ってたのか?」
「ご、ごめんなさい! だって私、あなたを信じたかったから……」
「だからって普通、無断でそんなことするか?」
 克己は彩花から手を離し、持っていたペットボトルをベッドの上に投げ捨てた。その表情には、彩花に対する猜疑心がはっきりと浮かんでいる。
 そして彩花もまた、克己を勘ぐりつつあった。やはりこの人が、舞花の失踪に関わっているのでは――その気持ちが再び、むくりと顔を出し始める。
 こちらを見る克己の視線が、次第に黒ずんでいく。それは、さっきまでベッドで彩花の肌を愛おしげに撫で、優しく見つめていた彼ではない。代わりに、かつて彩花を「偽者」と呼び、蔑んでいた頃の克己が存在していた。
「お前、何を企んでんだ? 俺を、お前の妹を失踪させた悪人にでもするつもりか?」
「そんなこと……」
 彩花は思わず涙を滲ませ、克己を見る。こちらを食い殺さんばかりの表情をしているのに、何故か恐怖は感じない。ただひたすら、悲しいだけだ。
 克己を心から信じられないことや、自分が彼に疑われていること。そして、酷いことを言われているのに、彼を嫌いになれない自分が、辛く、悲しかった。
「私はただ、あなたを信じたいんです。でも……」
 その時、彩花の声に被せるように、電子音が聞こえてきた。『ジムノペディ』――それは克己のスマートフォンの着信音だ。克己はデスクへと歩み寄り、スマートフォンを取り上げる。
「もしもし」
 応答するや否や、厳めしい克己の表情が一変した。目を大きく見開き、息を詰まらせる。言葉を発しようとしているが、何も出てこない。口を何度か開いては閉じるのを繰り返し、数回目にやっとのことで声を出した。
「分かりました。すぐに向かいます」
 電話を切った克己は、よろけてデスクに寄りかかる。
 ただ事ではなさそうだと悟った彩花は、シーツで胸を押さえたまま、彼へと近づいた。
「何か、あったんですか?」
 彩花が寄り添うように横へとやって来ても、克己は視線を足元に投げ出したままだった。そしてゆっくりと、顔の筋肉を震わせていく。
「社長が……祖父さんが……危篤だって……」



「有田ビル創始者・有田栄吉氏(78)死去」
 そのニュースが、新聞やテレビで報道されたのは、次の日の午後だった。
 有田が国内有数の実業家であることもあり、その死はどのメディアでも大きく取り扱われた。数日後に行われた葬儀も、それに相応しい壮大なものだった。
「あんたも大変ね。一番の太客が死んじゃうなんて」
 控え室で隣に座った七瀬が、彩花に声を掛ける。七瀬の目から見ても、有田が死んだ後の「リオナ」は、明らかに元気がない。
 有田が亡くなって、既に一週間が経っている。先日、彩花も葬儀に参列し、気持ちの整理はついているつもりだった。だけど彩花の心には、どず黒く重い雲が圧し掛かっている。
 葬儀では、大きな有田の遺影に手を合わせ、彩花は有田に謝罪した。
 ごめんなさい。私は嘘をついていました。私はあなたが知っている「リオナ」ではなかったんです。
 謝ったところで、もう遅いことは分かっている。だが、どうしても自分が許せず、彩花は何度も繰り返し、心で謝り続けた。
 焼香を終え、遺族席を見る。そこには克己がいた。疲れの見える顔で、喪主として弔問客に頭を下げる彼を見ると、胸が一気に締めつけられた。
 彼を好きだからこそ、彼を信じたい。だけど、どうしても疑いが残ってしまう。そんな気持ちでは、今の彼には近づけない。彩花はそう思いながら、遺族席に一礼する。克己は彩花がいることに気づいたようだったが、何の反応もせず、他の弔問客に対するのと同様に、凛々しく頭を下げた。
「ねぇ、ちょっと! 返事ぐらいしなさいよ、あんた!」
 憔悴っぷりを見かねて声を掛けたつもりの七瀬が、彩花のあまりの反応のなさにキレ始める。
 いつものリオナなら、「うっせーな。ババアは黙ってろよ!」とか言ってくるはずなのに。七瀬はため息と共に、煙草の煙を吐き出した。
「ったく、そうやってしおらしくしてんのも、あんたらしくないんだよねぇ。あんた、本当にリオナなの?」
 その言葉に思わず反応し、彩花は顔を上げる。
「七瀬さん……」
 その瞳は、涙で濁っている。七瀬は焦り、思わず煙草を灰皿に押しつけた。
「ちょ、ちょっと、何泣いてんのよ! もしかして、私? 私のせい?」
「違います。ちょっと、辛いことがあって……」
「じゃあ、店長に相談すれば? あんた、店長と付き合ってるんでしょ?」
「でも、店長さんにも言えなくって……」
「何よそれ。カレシにも言えないことって……もしかして、他に好きな男でもできたとか?」
 七瀬の鋭い指摘に、彩花は思わず肩を竦める。
 すごい。何故分かるのだろう。彩花が驚きの眼差しを七瀬に向けていると、バッグの中でスマートフォンが鳴り始めた。取り出してみると、液晶画面に克己の名前が表示されている。
 彼と想いを通じ合えたあの日――つまり有田の死の前日から、克己とは連絡を取っていなかった。
 彼の声が聞ける。彩花は嬉しさを抑えながら「もしもし」と応答する。
「仕事中か?」
 克己の問い掛けに、彩花は首を振る。
「まだお客さんにはついていないので、大丈夫です」
「そうか。申し訳ないが、お前に頼みがある」
「な、何でしょう?」
「社長の財産のことで、話したいことがある。明日の昼過ぎにでも会えないか?」
「は、はい。大丈夫です」
「分かった。じゃあ、リージェントホテルの一階のラウンジで待ってるから、来てくれ」
 克己はそう告げると、すぐさま電話を切った。



 待ち合わせ場所のホテルのラウンジで、彩花は窓際の席に克己を見つけた。いくつかのテーブルの間を通り抜け、克己の前に辿り着くと、彩花は頭を下げた。
「この度は、ご愁傷様でした」
 克己は無言のままで、彼女の姿を見ていた。
 克己は最初、この女が彩花であるとは気づかなかった。彩花の身形が、見慣れたキャバクラ嬢スタイルではなかったからだ。ノーメイクで髪も一つに纏めただけの、アンサンブルを着た地味な女が目の前にいる。そう思っていた。
 こんな派手さの欠片もない女が、よくキャバクラ嬢をやっていられるものだ――妙な感心をしながら、克己は彩花に席に座るように勧めた。
「昨日、親族が集まる中で、社長の遺言状の開封が行われた。その中にあったのが、これだ」
 克己は鞄から遺言状のコピーを取り出してテーブルの上に置き、その中の一文を指でなぞる。
「遺言者は、遺言者の有する下記財産を、西山彩花に遺贈する」
 その文に続けて、恐ろしいほどの金額が書かれている。だが、その金額よりも、自分の名前が書かれていることに彩花は驚き、顔を上げた。
「あ、あの、これ、『西山彩花』ってなってますけど……。有田さんが財産を譲りたかったのは、私じゃなく、舞花にですよね?」
「社長は気づいてたんだ。お前が『西山舞花』じゃなく、『西山彩花』だってことに」
「えっ!? ど、どうして……」
 戸惑いを口にする彩花に、克己は「そんなことはどうでもいい」と言い捨てた。
「大事なのは、社長がお前たち姉妹に財産を分与したいと考えていたことだ。それは俺の母親への償いだったんだと思う」
 母、という言葉を出せば、克己の目には、彩花の顔が母のものとして見えてくる。それを振り払い、克己は真っ直ぐに彩花を見た。彼女は何かを決意するように、唇を引き締め、膝の上で手を強く握っている。
「それでも……私は有田さんの財産を、受け取ることはできません」
 彩花を見る克己の表情には、愛情と疑いが同居している。彼も、私と一緒なのだ――克己を見ながら、彩花はそう思っていた。お互いによそよそしくして、相手を疑いながらも、愛しい気持ちを抑えきれずにいる、と。
「まずは今日の夕方、弁護士を交えて、財産に関しての話し合いを持ちたいと思っている。このホテルの四階にある『楓の間』で、十七時からの予定だ。来られるか?」
 話しながら、克己がコーヒーを一口啜る。カップに添えるその指や唇が、自分の体を這っていたのだ――それを思い出し、彩花は赤らめ、「はい」と返事をして立ち上がる。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
 一礼して立ち去ろうとした彩花は、絨毯の毛足につまずいてしまい、前のめりになる。克己は咄嗟に立ち上がり、彼女の体を両腕で支えた。
「大丈夫か?」
「す、すみません」
 克己の胸に寄りかかった恥ずかしさから、彩花は顔を背ける。そんな彼女を、克己はこのまま抱きしめたかった。だけど、心の中にある疑いが邪魔をする。
 財産の相続はしたくないと言いながら、彼女はジャケットのポケットを勝手に探っていた。その目的は何なのだろうか。
 それでも、こうして彩花に触れれば、そんなことは無意味になる。恥じらいながら克己を受け入れ、何度もしがみつき、甘い声を上げていた彼女と触れ合ったことだけが、蘇ってくるのだ。
「失礼しました」
 彩花は克己の胸から離れ、再び礼をすると、ラウンジを出て行った。
 歩いている途中も、克己に触れられた所がジンジンと疼き、熱を放つ。彩花はそれを何とか振り払いながらホテルを出ると、スマートフォンを取り出した。
 まずは今回のことを権藤に報告し、今日は店を休ませてもらおう。彩花は電話をかけてみるが、権藤は出ない。
 どうしよう。十七時まではまだ時間があることだし、店に直接行ってみようか――そう思い、彩花は『Bella Donna』のある繁華街の方向へと走り出していった。



『Balla Donna』の入るビルの通用口は、表通りの裏にある。彩花はそのドアノブを捻ってみた。鍵はかかっておらず、ドアが開いている。
 まだ昼過ぎではあるが、権藤がもう店にいるのかも知れない。そんな期待を抱きつつ、中へと入り、通路の先にある事務室のドアをノックした。だが、反応はない。
「失礼します。店長さんはいらっしゃいますか?」
 ドアを開けて、中を覗き込む。ブラインド越しに光が差し込む室内には、権藤の姿はなかった。通用口が開いているのに、何故権藤はいないのだろうか?
 不思議に思い、彩花が立ち尽くしていると、肩に掛けたバッグの中で携帯電話が鳴り出した。それは、舞花が使っていた営業用の、携帯電話のメールの着信音だった。
 前にも聞いた通り、そのメロディは『星に願いを』だ。彩花の母との思い出の曲でもあり、克己の母も歌っていたという曲。
 携帯電話を取り出して開くと、常連客の山田からのメールが表示される。「明日、プレゼントを持って、店に行くからね!」と書かれた、デコレーションメールだ。
 彩花は返信をしようと、文字をいくつか入力し始めた。すると事務室の壁際から、カリカリと響く、引っ掻き音が聞こえてきた。またネズミが騒いでいるのだろう。彩花は気にせずに、メールの入力を続ける。だが次第に、その音がいつもと違うように思えてきた。
 いつもなら、カリカリと無機質に響いていたはずだった。なのに今日は、何かの曲を奏でているように聞こえるのだ。
 彩花は手を止め、壁へと目を遣る。そのリズムに合わせて、壁が微かに震えていた。足を進めて壁に手を添えれば、振動が指先に伝わる。
 その瞬間、彩花の頭の中に、母の歌声がふわりと蘇る。ピアノを演奏するような、このネズミの響きに釣られて、歌の歌詞までもが一気に溢れ出る。
 そうだ。このメロディは、さっきの着信音と同じ、『星に願いを』だ。
 ネズミがそんな曲を知っているはずもない。わざわざ曲を奏でることもない。だとしたら――不意に見え始めた可能性に賭けるように、彩花は口を開いた。
「ま、舞花?」
 彩花は壁に顔を近づけ、声を上げる。
「ま……舞花? そこにいるのは、舞花なの?」
 すると壁から返事のように、ドン、と強い打撃音が返ってきた。
 舞花だ。舞花が、この裏にいる。
 この裏は、外からしか出入りできない物置部屋だと、権藤が以前言っていたはずだ。そしてこの事務室のキーボックスから、その部屋の鍵を取り出していたのだ。
 彩花は事務机を避けながら狭い部屋の中を走り、ドアの近くにあるキーボックスを開けた。中にはいくつかの鍵が掛けられており、彩花はそれぞれの鍵に付けられたタグを確認した。「ホール」「前面シャッター」など、いろいろとある中で、赤いタグをひっくり返す。そこには、「外・別室」と書かれていた。
 これだ。これに間違いない。その鍵を取った彩花は通用口へと駆け出し、外に飛び出した。
 通用口のある壁を伝い、角を曲がって、隣のビルと挟まれた小さな通路に入る。その壁沿いに、ドアが一つ見えた。彩花はその前に駆け寄ると、銀色の鍵穴へと鍵を差し込み、捻る。高い音を立てて鍵が開いたドアを、ゆっくりと開けていった。
 中は暗い。窓もなく、照明も点いていない。開いたドアから差し込む光で、積み上げられたダンボールが微かに見える。
「ま、舞花?」
 彩花が呼び掛けると、うなり声が聞こえた。その方向を見れば、床に座り込んだ人がいる。ドアを大きく開け、外の光を部屋の奥と差し込めば、その姿ははっきりと見えてくる。それは、両手両足を縛られ、猿ぐつわをされた舞花だった。
「舞花!」
 彩花はドアノブを離し、中へと駆け出す。すると舞花が大きく目を見開き、首を振った。
 来ちゃダメ。そう言うかのような舞花の態度。それを不思議に思っていると、急に部屋の中が明るくなる。閉まりかけていたドアが、大きく開いたのだ。
 誰かいる。そう思った瞬間、彩花は後頭部に鈍い痛みを感じた。それが何かによって殴られたせいだと気づかぬうちに、その場に倒れ込む。
「ま……まい……か……」
 彩花は腹ばいになりながら、舞花へと手を伸ばす。ドアが閉まる音が聞こえると同時に、部屋が黒い世界へと化していった。




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第14話は11月25日(月)更新です。
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