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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.09.24

第5話 舞花と権藤

小説挿絵 「えっ! ホ、ホテル? お姉さん、あの男とホテルに行ったの?」
「いや、あの、わざとあの人に誘いに乗っただけなんですけど……」
「えええ! マジで!?」
 彩花の話を聞き、権藤は椅子から立ち上がる。目を丸くし、咥えた煙草を落としそうになっていた。
 克己とのホテルでの一件があった次の日、彩花は早めに『Bella Donna』へと出勤していた。権藤に前日のことを話すために、他のキャストやボーイたちがいない時間を狙って出勤したのだ。
 克己のスマートフォンの着信音のことや、ホテルでの出来事。彩花が一通り話し終えると、権藤は椅子に座り直し、顔を青ざめさせた。
「で、お姉さんは、大丈夫だったの? あいつに変なことされなかった? 体を触られたりとか、裸にされたりとかしなかった?」
「い、いえ。そういうことは一切なかったんですけど、それが……」
 ホテルの壁際に彩花を追い詰めた、あの時の克己。彼は、彩花が偽者の「リオナ」であることに気づいていた。そして、舞花に金を渡した、と言っていた。それは十日前に、「消えるため」として渡した、と。
 十日前、と言えば、彩花が舞花と連絡が取れなくなった時期と一致する。そして舞花が、『Bella Donna』を無断欠勤し始めた頃でもある。
「うーん。つまり、あの『克己』っていう有田さんの孫は、金を渡した上で、舞花に『消える』ように指示した、ってことなのかなぁ?」
 彩花の話を必死に整理しようとする権藤に、彩花は大きく頷いた。
「たぶん、そうだと思います。克己さんと舞花との間で、何かの約束があったのかも知れません」
「そっかぁ。そうなると、ますます怪しいよな、その克己ってヤツは」
 権藤は煙草を灰皿に擦りつけ、再び椅子から立ち上がる。細い体を直角に折り曲げて、頭を下げた。
「ごめんね、お姉さん。危険な目に遭わせちゃってさ」
「い、いえ。大丈夫です。お陰様で、何も起こりませんでしたし」
「でも、危ないことをさせたのに変わりはないっすよ! 俺としては、いくら謝っても足りないし! だって、舞花にとっては大切なお姉さんだから、俺にとっても、お姉さんは大切な存在ってことだし!」
「え? 大切って……」
 権藤は赤の他人であり、出会ってから数日しか経っていない。そんな間柄で、「大切」などと言えるものだろうか?
 不思議そうに、彩花が首を傾げる。すると権藤が、照れたように頭を掻いた。
「お姉さんには言ってなかったんだけど、実は俺と舞花って、付き合ってたんですよねぇ」
「店長さんと舞花が、ですか?」
 うそ。やだ。何それ。初耳。知らなかった。滅多に軽口を叩かない彩花が、心の中で「マジで?」と繰り返している。
「うちの店って基本、店内恋愛禁止だからさ、こっそり付き合ってたんですよねぇ。まぁ、キャストたちにはバレてるっぽかったけど」
 恥ずかしげに語った後、権藤は再び椅子に腰掛けた。事務机に体を向ければ、壁に貼られた、キャストたちの宣材写真が目に入る。その中には、舞花のものもあった。
 白いドレスを着た彼女は、上目遣いで首を傾げている。それを見つめ、権藤は静かに息を吐き出した。
「俺だって、舞花が心配なんですよ。今、こうしてる時だって、大変な目に遭ってるんじゃないか……って、すっげぇ辛いし」
 机のライトに照らされた、権藤の横顔。彩花はそれを、じっと見ていた。窪んだ目が陰になり、そこには滲み出た涙も見えている。
 自分と同様に、舞花の失踪によって、権藤も心を痛めているのだろう。深く沈み込む彼の表情を見れば、そんな気持ちが彩花にも伝わってくる。そして彩花自身がそう思っているように、彼もまた、どんな手を使ってでも、舞花を探し出したいと思っているに違いない。
「本当だったら、さっさと捜索願を出した方がいいのは分かってるんですよね。だけど、金の持ち逃げのことがあるし。だからどうしようもなくって、お姉さんに頼っちゃって……。ごめんね、お姉さん」
 掠れた、権藤の謝罪の言葉。それを否定するように、彩花は大きく首を振った。
「私も、店長さんと気持ちは一緒です。舞花を無事に探し出したい、って思っているだけですから、私のことは気にしないでください。これからも克己さんを探ってみるつもりですし」
 彩花の言葉に応えて、権藤が嬉しそうに微笑む。彩花も笑い返し、お互いを見つめて、声を上げて笑った。
 権藤は、舞花のことを真剣に思ってくれている。今の彩花にとっては、唯一の味方でもある。そんな彼のためにも、早く舞花を見つけなくては。
 そして、そのための鍵は、克己が握っているのだ。彼と舞花との間で、何があったのか。それを克己に訊くしか、他に手がかりとなることはない。
 だが克己は、彩花が偽者の「リオナ」であることに気づいている。そんな男から、どうやって話を聞き出すべきだろうか?
 焦りを感じながら、彩花は考えを巡らせる。するとその時、カリカリ、と引っ掻くような音が響いた。この前もここで聞いた、ネズミの音だ。部屋の奥の壁から、それが連続して響くと、権藤は舌打ちした。
「またネズミかぁ。昨日、業者に駆除してもらったんだけどなぁ」
「あの壁の裏に、ネズミがいるんですか?」
「そう! この裏には物置部屋があるんですけど、外からしか出入りできないんですよねぇ。つまりネズミも、外から入り込んでるらしくって」
 権藤は壁に備え付けられたキーボックスから、赤いタグの鍵を取り出した。
「ネズミを見てくるから、お姉さんはそろそろ準備しておいてもらえる?」
「は、はい!」
 彩花が権藤と共に事務室を出ようとすると、ネズミの音が更に高く聞こえてきた。せわしなくも、軽快なリズム。それは、舞花がスマートフォンでメールを入力する時の指の動きに、よく似ていた。
 ネズミがメールをしているのかも。小さなネズミが、スマートフォンを操作しているのだ、きっと。その様子を思い浮かべた時、彩花はふと思いついた。
 そうだ、メールだ。メールをすればいいんだ。声に出さずに叫びながら、彩花は通路に出て、権藤へと駆け寄った。
「店長さん! この前お渡しした、舞花の営業用の携帯電話を、貸していただけませんか?」
「別にいいけど……何するつもりっすか?」
「有田さんに、営業メールをしてみようと思うんです」
「えっ! ど、どうしてわざわざ、有田さんにメールを?」
「営業メールで、有田さんをこの店に誘うんです。有田さんがここに来たら、克己さんも有田さんを追いかけて、やって来るはずです。そこから、克己さんに近づいてみようかなぁって思って」
 我ながら、なかなかのアイデアだ。誇らしげな彩花を横目に、権藤は顔を顰める。心配の気持ちをはっきりと表しながらも、仕方なさそうに頷いた。
「分かった。だけどくれぐれも気をつけてよ。お姉さんの話だと、克己ってヤツは、お姉さんが偽者の『リオナ』だって気づいてるみたいだしさ」
 権藤はベストのポケットから、携帯電話を取り出した。彩花はそれを受け取ると、すぐさま更衣室へと入る。誰もいない部屋の中を進み、ロッカーの前で立ち止まった。
 早速、メールをしなくちゃ。そうは思うものの、「営業メール」がどのようなものかが分からない。「営業」と名が付くぐらいなのだから、やはりビジネス文書っぽい感じがいいのだろうか? ならば、「拝啓」から書き出すべき? それとも、「前略」でもいいのか?
 いや、そんなものではないはずだ。この更衣室や控え室で、キャストたちが営業メールをしていた雰囲気を思い出しても、そんな堅苦しいものであるはずもない。
 彩花は悩んだあげく、送信済みのメール一覧を見る。舞花が送ったメールを真似てみようと、一通の送信メールを開いてみた。するとそこには、舞花のものとは思えない言葉の羅列があった。
「どうして最近、会いに来てくれないのっ! あたし、さびしいんだからねっ☆ にゃん♪」
「今週は仮装デーもあるし、来てほしいな~! にゃん♪」
 甘ったるい言葉と、キラキラした絵文字。それにこの、「にゃん」っていうのは何? 猫なの? 猫のつもりなの? それなら「にゃん」じゃなくても、「ごろにゃー」とか「にゃお」でもいいじゃないか!
 だが、それはどうでもいい。とにかくこれが、「営業メール」というものなのだ。そしてこれは舞花ではなく、「リオナ」のメールなのだ。
 部屋着はジャージで、大好きな芋焼酎をロックで飲み、煙草の煙を鼻から吐き出す。家で寛いだ時に、「おっさん」化する舞花が送ったメールではない。そういうことだ。
 彩花は無理やり自分を納得させ、メールをコピーする。宛先のアドレスも本文も、有田に向けたものに変えて送信した。もちろん、「にゃん♪」は全て削除して。
 あとは返事を待つだけだ。ロッカーの中に携帯電話を置き、彩花は着替える。ドレスを着て、アクセサリーを付け終えた時、携帯電話がメロディを奏で始めた。
 その曲は、『星に願いを』だった。懐かしい響きに驚きながらも、彩花は携帯電話を手に取った。するとメロディは止み、メールの着信を示すライトが点滅し始める。
『星に願いを』は、彩花と舞花の母が、いつも歌ってくれた曲だ。ピアノを弾きながらの、母の美しい歌声。それが、このゆったりとしたメロディに、よく合っていた。
 舞花がこの曲を着信音にしているのは、母の歌声を覚えているからだろう。きっとそうだ。見えない舞花の思いを汲み取りながら、彩花は携帯電話を開いた。着信していたのは、有田からの返信メールだった。
「リオナちゃん、メールありがとう~! 今日、リオナちゃんに会いに行くからね! 待ってってね☆」
 あの老人が送ったとは思えない、絵文字が満載のデコレーションメール。その最後には、キスマークの絵文字までもがくっついていた。



 この日の夜。メールでの約束通り、有田は『Bella Donna』を訪れていた。奥のボックス席に案内された彼は、早速「リオナ」を指名した。
「リオナちゃん、メールありがとうな」
「いいえ。こちらこそ、お仕事でお忙しい時にメールをしてしまい、申し訳ありません」
 恐縮しながら隣に座る彩花に、有田は首を振る。
「いやいや、そんなことはない。私は嬉しかったんだよ。リオナちゃんから貰うメールは、宝物みたいなもんだ」
 ニコニコと話す、有田の顔。それは、初めて会った時にも見た、優しさで溢れた表情だ。何ていい人なのだろう。穏やかな有田の瞳を見つめ、彩花は心からそう思っていた。そして、次にやって来たのは罪悪感だ。
 こんなに優しく、善良な人を騙しているなんて。そんな申し訳なさが、一気にこみ上げてくる。
 ごめんなさい。私は、本当の「リオナ」ではないんです。
 真実を告白しそうになりながら、彩花は悲しげに顔を歪めた。
「ん? どうした、リオナちゃん。元気がないなぁ。やはりまだ、体調が良くないのかい?」
「い、いえ。そういう訳では」
 彩花は咄嗟に取り繕い、笑顔を見せる。すると有田もほっとしたように、笑みを零した。
「病み上がりは、無理をしないことが一番だよ。もしまだ体調が思わしくないようなら、私がいい病院を紹介してやろう」
「は、はい。お心遣い、ありがとうございます!」
「うん。いい返事だ。リオナちゃんは元気でなくては困るよ。それに、財産の分与の手続きもあるのだからね」
 忘れてた。そうだった。その話もあったのだった。今更のように思い出せば、彩花の体から血の気が引いていく。
 他人の財産のことになど、関わりたくなどない。だが、それに妹の関係しているとなれば、見過ごす訳にはいかないだろう。何とか、有田の申し出を断らなくては。
「あ、あの。有田さん。その財産の分与のことですが……」
 彩花が話を切り出した瞬間、ホールの入口の方から、大きな声が聞こえてきた。
「社長! またここにいたんですか!?」
 それが克己の声であることは、振り返らずとも分かる。やはり来たか。どうやら「営業メール作戦」は、成功のようだ。
「そんなにカリカリするな、克己。若いのに血圧が上がっちまうぞ」
「俺の血圧が上がりそうになっているのは、誰のせいです? また酒を飲んでいるなんて!」
「いいじゃないか。酒は百薬の長だぞ」
「飲み過ぎれば、薬も毒になります!」
 有田と克己の会話を、彩花は俯いたままで聞いていた。克己に舞花のことを聞き出すには、どうするべきか。考えを巡らせ、彼女は視線を床に向ける。その視界の中に、克己の靴先が現れた。
「いい加減にしろよ、クソ女」
 頭上からの声に、彩花は顔を上げる。敵意で満ち溢れた、克己の顔。それは昨日、ホテルで見た時と変わらないものだ。
 でも、こんなものに負けたくない。負ける訳にはいかない。とにかく舞花を見つけなきゃ。彩花はその一心で、克己を睨む。
「あなたに、そんな風に言われる筋合いはありません!」
「その通りだ、克己。失礼だぞ。リオナちゃんに謝りなさい」
 彩花を援護する有田に、克己は露骨に顔を歪める。
「社長はお帰りください。外に車を待たせてあります」
 その言葉に合わせて、数人の男が克己の背後からやって来る。彼らが有田を連れて行くのを確認すると、克己は彩花の腕を掴み、立ち上がらせた。
「社長は、長患いをしている。年齢のこともあるし、長くはないだろう、と医者にも言われて、酒も止められてる。そんな人間に、酒を飲ませやがって!」
 青く燃える怒りの炎が、克己の瞳の奥に見える。その熱に負けそうになりながらも、彩花は反論した。
「それを知らずに、有田さんにお酒を勧めてしまったことについては、謝ります。ですが、そのお酒以外のことでは、あなたに責められる覚えはありません!」
「だから、その酒のことだけで、俺はお前を責めてんだよ!」
 克己は皮肉っぽく笑い、彩花に顔を近づける。
「社長は、『リオナ』に財産を生前分与できなかった場合、遺言で『リオナ』に財産を遺すつもりらしいからな。だから、社長に酒を飲ませてさっさと死なせて、財産をいただこうと思ってるんじゃないのか? 本物の『リオナ』も、偽者のお前も!」
「そ、そんなこと、考えてもいません!」
「嘘つくなよ。水商売の女なら、それぐらいのことは考えるに決まってるんだよ!」
「うるさい! 違うったら、違います!」
 彩花は珍しく、声を荒らげた。舞花と姉妹喧嘩をする時でも、こんな大きな声を上げたことはない。
 そんな彼女へと、ホールにいるキャストや客たちの視線が集まる。だが、どうしても言わずにはいられなかった。このまま、この男のくだらない想像のネタにされるのはごめんだ。
「私は、有田さんの命を縮めようとも、有田さんの財産を貰おうとも思ってません! 私は……」
 私はただ、妹の舞花を探したいだけ――彩花は言い掛けて、ふと口を噤む。
 自分偽者の「リオナ」であることがバレているとしても、自分から正体は明かすまい。そう思い、彩花は克己を睨みつける。克己もまた、彼女の前に立ちはだかるように、鋭い視線を投げかけていた。



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第6話 『彩花と権藤』は9月30日(月)更新です。
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