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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.11.25

第14話 脅しと裏切り

 大きく体を揺すぶられ、遠ざかっていた意識がはっきりとしてくる。
「お姉さん! 起きて!」
 これは、美容師のアキラの声だ。もしかして、ここはアキラの美容室なのだろうか? いや、出勤前にアキラの所に寄るにしては、まだ時間が早過ぎる。
「お姉さん!」
 アキラの金切り声で、彩花は目を開いた。冷たく堅い床の感触が、全身を強ばらせている。辺りは暗く、何も見えない。そうだ、ここは店の倉庫だった。
 寝そべっている体を起こしたくて、彩花は手を動かそうとした。だが、何故か動かない。足も同じだ。どうやら手足を縛られているようだった。後ろ手に縛られた手をバタつかせて、もがくように体を起こしていく。
「さっさと起きろ」
 別の男の声が聞こえたと同時に、腕を引っ張られ、体を起こされる。目の前には、懐中電灯の丸い明かりが二つあった。それを頼りに視線を上げれば、アキラの顔が見える。そしてその隣には、冷めた表情をした権藤もいた。
「て、店長さん? 何で店長さんが、ここにいるんです?」
「この状況が分かんないっすか? 後ろを見てみろよ」
 その言葉通りに、彩花は首を後ろに曲げる。懐中電灯でオレンジ色に染まる中で、積まれたダンボールに寄り掛かる女の姿が見える。それは、両手両足を縛られた上に、猿ぐつわをされた舞花だった。
「ま、舞花!」
 うー、と舞花が唸る。返事とも悲鳴ともつかない、悲しげな声だ。
「舞花! ごめんね、探すのが遅くなっちゃって! 無事なの? 無事なんだよね? ねぇ、舞花!」
 彩花は尻で体を動かしながら、舞花へと近づく。舞花は無事であることを伝えるように、疲れた目を柔らかく細めた。
「美しい姉妹愛は、そこまでだな」
 権藤の声が聞こえ、彩花は顔を戻す。手に持った懐中電灯で照らし出された権藤の顔が、冷たく光る。彩花は恐怖が近づいてくるのを感じながら、小声で尋ねた。
「あ、あの……これって、どういうことなんですか?」
「まだ分かんないの? 舞花をここに閉じ込めたのは、俺だってことっすよ」
 状況が状況だけに、頭が混乱してうまく働かない。舞花が失踪して、真っ先に協力してくれたのは権藤だったじゃないか。舞花を探すために、舞花になりすます提案をしたのも権藤だったはずだ。
「え、えっと。舞花がいなくなって、舞花の部屋にあったあの携帯に電話をかけてきたのは、店長さんでしたよね?」
「舞花の部屋に携帯を置いたのは、俺だよ。舞花の部屋のあるマンションを張っててさ、お姉さんが舞花の部屋にやって来たことを確認して、俺がタイミングよく電話したんだ」
「で、でも、彩花がお店のお金を持ち逃げしたから、私が身代わりになってくれって店長さんが……」
「ああ。持ち逃げの話はね、嘘だよ。そうでも言わなきゃ、お姉さんは舞花の捜索願を出しちゃうでしょ?」
 権藤の口から出てくる言葉を、彩花はどれも信じられなかった。いや、信じたくなかったのかも知れない。自分が騙されていた事実を聞かされるのが、とてつもなく辛かった。
 彩花は唇を噛み締め、溢れ出そうな思いを堪える。曇りゆくその表情を、権藤は楽しげに見下ろしていた。 
「ちなみにね、舞花が枕営業してたってのも、俺がキャストや客たちに撒き散らした嘘だから。舞花をこの店の中で孤立させて、追い込むためだったんだけどねぇ」
「あの……じゃあ、店長さんが、舞花と付き合ってたのは……」
「それはマジだよ。なぁ、舞花?」
 権藤は懐中電灯を舞花に向ける。眩しそうにしながらも、舞花は力を振り絞って、権藤を睨みつけていた。
「金持ちの客からがっぽり財産を貰える女なんて、無限に金を引き落とせるATMみたいなもんじゃね? その金目当てで付き合い始めたのに、こいつが財産の受け取りを拒否しやがるからさぁ。それなら、舞花よりも素直なお姉さんを言いなりにして、舞花になりすましてもらって、財産を受け取ってもらおうと思ったんだよね」
 後ろから、ダン、と床に響く音がする。彩花が振り返ると、舞花が権藤への視線を尖らせて、床を蹴り上げていた。そんな舞花の態度さえも喜びであるかのように、権藤は、ははは、と笑い声を上げた。
 その隣でもじもじしていたアキラは、突然しゃがみ込み、申し訳なさそうに彩花と舞花を見る。
「リオナちゃん、お姉さん、ごめんね。あたし、ゴンちゃんの言うことには逆らえなくって、今回のことに手を貸してたのよ……」
「何言ってんだよ、アキラ。俺の手伝いをしたからには、お前も同罪だろ?」
 権藤はアキラの横にしゃがみ込み、彩花の顔を見据えた。既に潤んだ彼女の瞳に、権藤の薄ら笑いが映り込む。残酷さを纏った権藤は、彼女の顎を乱暴に持ち上げた。
「それにしても、お姉さん。あんた、うまい具合に引っかかってくれたよなぁ」
「ひ、引っかかったって……」
「あの克己ってヤツのことだよ。あんた、あいつが舞花の失踪に関わってるって、思い込んでただろ?」
 嫌な予感がした。克己のスマートフォンの着信音、左手首の怪我、そして、スーツのポケットにあったピアス――克己を怪しむきっかけになった数々の出来事を思い出し、彩花は思わず体を震わせる。
「も、もしかして、あれも……」
 青ざめた彩花の顔に、権藤は、ふふ、と嘲りの息を吹きかける。
「お姉さんがあいつを怪しむように仕向けるの、大変だったんだぜ? あいつの着信音を調べて、お姉さんへの無言電話で流したり。店に来た時、あいつのジャケットのポケットに、舞花のピアスを入れたりさぁ」
 やはりあれは全部、権藤が仕組んだことだったのか。それを知れば、体が一気に力をなくしていきそうになる。
「お姉さんが、家の前で襲われたことがあっただろ? あれは、アキラにやらせたんだ。克己が左利きだから、左手にナイフを持たせてさ。で、アキラがお姉さんに手首を引っ掻かれたって言うから、次の日の朝、ジョギング中の克己に、アキラがぶつかったフリして、手首にナイフで傷つけたんだよ」
 権藤の隣で、アキラが大きな体を縮こめ、彩花に手を合わせる。
「本当にごめんなさいね、お姉さん! あたし、どうしても断れなくって、やっちゃったのよ……」
「で、でも、どうして? どうして克己さんを、犯人に仕立てる必要があったんですか!?」
 彩花が声を荒らげるが、権藤は悪びれなく、「仕方ないじゃないっすか」と肩を竦める。
「リオナが有田社長の財産を貰うことで、あいつが邪魔してたのは知ってたし。それに、あいつが悪いヤツだって思ったから、お姉さんも有田さんが可哀想になって、財産を受け取ってもいいかなー、なんて少しは思ったんじゃないの?」
 権藤は懐中電灯をくるくる回し、辺りに丸い渦を作っていく。
「苦労してそこまでやったのに、まさか克己とお姉さんがデキてるなんて思わなかったしさー」
「デ、デキてるだなんて……そ、そんな!」
 露骨な言葉に、彩花は頬を赤らめる。権藤は彼女の顔を懐中電灯で照らし、ほくそ笑む。
「隠したって無駄だよ。俺、全部聞いてたんだから」
「え? 聞いてた……ってどういうことですか?」
「お姉さんに渡した、舞花の営業用の携帯に、盗聴器を仕込んでおいたんだよ。お姉さんが克己に接客している時の話も全部、聞いてたよ。最近は随分と仲良さげだったよなぁ」
 ふふ、と声を上げると、権藤は指先で彩花の頬を撫でる。それの冷えた感触が、首元へと下りる。
「で、お姉さんの、克己への愛の告白も聞いたし、克己とヤッてる時の声も聞いたよ」
「や、やだ……」
 彩花は言葉を詰まらせ、恥ずかしげに首を振る。権藤の指先は首筋で止まらず、ゆっくりと下へと落ち、彩花の胸の先にそっと触れた。
「あの時のお姉さんの声、超エロかったなぁ。めちゃくちゃ感じまくってたよね? あんな声を聞けるなら、俺も一回ぐらいお姉さんとヤッておけばよかったなぁ」
 またもや背後で、ドン、と音がする。舞花が怒ったように、床を何度も踏みつけている。権藤はそれを気にすることなく、次第に表情を引き締めていく。
「で、今日、克己と会ってた時のことも聞いたんだ。えーっと、有田さんの財産の相続が、舞花じゃなくってお姉さんになってたんだろ? それで今日の十七時に、その相続についての話し合いがあるんだっけ?」
 権藤は彩花から手を離し、立ち上がる。そして舞花の前へと進み、黒服のベストの内ポケットから、何かを取り出した。
「『克己さんの邪魔になりたくない』なんて可愛いこと言ってたけど、まさかこんな状況でも、財産の受け取りを拒否するなんて言わないよねぇ?」
 取り出したものに権藤が触ると、暗闇の中で急に光り出す。それがナイフだと彩花が気づいた瞬間、目の前にいたアキラが震えた声を上げた。
「ゴ、ゴンちゃん! 止めてよ!」
 その声を睨みつけて制しながら、権藤はしゃがみ込み、舞花の喉元にナイフを当てた。舞花の顔が一瞬で歪み、凍りつく。
「いくらあの克己ってヤツに惚れてても、妹の命に比べれば、あいつに嫌われることぐらい、どうってことないよな? お姉さん」
 彩花はガタガタと体を震わせ、何度も首を振る。
「や、やめてください……店長さん……」
「大丈夫。今は殺さないっすよ。今はね。だけど、お姉さん次第では分かんないなぁ」
 飄々とした雰囲気を漂わせつつ、権藤は彩花を睨みつけた。
「今日の話し合いに行って、財産を相続することを伝えてこい。で、このことを克己や他のヤツにはバラすなよ。逃げたり、警察に通報でもしてみろ。舞花をこのままここでぶっ殺す」
 身動きのできない体。暗い部屋。その中で、ギラギラと光るナイフ。怯える舞花の目。
 現実なのに、現実味のないものが、彩花を包んでいる。全てが夢や、嘘であってほしいと思った。だけど、これが現実だ。八方塞がりで、どこにも出口がない現実で、一体どうすればいいのか。
 彩花の体を、冷や汗が濡らしている。それが更に、この恐ろしい現実を確実なものとしていきそうだった。
「そろそろ、時間だな」
 権藤は舞花に突きつけたナイフを動かさずに、腕時計を見る。
「これから、その話し合いに行ってこい。そして財産の相続が決まったら、ここに戻ってこい。分かったな」
 うー! と舞花は大きく唸り、顔を顰める。お姉ちゃん、こんなヤツの言いなりになっちゃダメだよ。そんな舞花の声が聞こえてきそうな気がした。
 だけど、今の彩花には、権藤の示した道以外に選択肢はない。
「……分かりました」
 彩花は、震えながら頷く。その様子を、舞花は絶望を宿した目で見ていた。



 克己との約束通り、彩花は十七時に間に合うように、リージェントホテルへとやって来た。権藤が見張りとして寄越したアキラをホテルの外で待たせ、一人、ホテルへと入っていく。
 克己から指定されていた、四階の「楓の間」。その中では克己と弁護士、そして有田の親族と思われる数名が、大きなテーブルに用意された席に着いていた。
「えー、こちらが西山彩花さんです」
 弁護士に紹介されて一礼し、彩花は克己と弁護士に挟まれた席に座る。下げていた視線を上げ、隣の克己をそっと見た。克己もこちらに向いていることに気づき、彩花は無言のままで視線を合わせる。
 克己の瞳には、彩花の告白を受け止めてくれた時と変わらずに、彩花を信じている気持ちが浮かんでいる。それに気づけば、胸が一気に締めつけられてしまう。
 ごめんなさい、克己さん。声に出さずに、彩花は謝罪した。これまで克己を疑っていたこと。そして今日、克己を裏切ってしまうこと。その全ては、どうやっても償い切れないだろう。
「えー。では、始めさせていただきます」
 弁護士が話を始めると、克己の視線が離れていった。彩花はほっとして、前を向く。
「先日ご逝去されました、有田永吉様の遺言書の内容につきまして、確認をさせていただきます」
 弁護士は、遺言書に書かれていた項目の一つ一つを確認しつつ、克己を始めとする遺族に確認を取っていた。
「では、続きまして、こちらにいらっしゃいます西山彩花さんへの、遺産の相続のことです」
 いよいよ、彩花の相続のことが、弁護士の口から出された。
「西山さん、この遺言に関しては、まずはあなたが遺産を受け取る意志があるかどうか、お伺いしたいのですが」
 弁護士が、彩花へと目を向ける。有田の親族たちも、一斉に彩花へと視線を向ける。克己もまた、静かな眼差しを彩花に向けていた。
 痛い。克己の視線が優しいものであるのに、痛かった。自分がこれから口を開けば、この視線が更に痛いものになるとは分かっていた。それでも、言わなくてはならない。彩花は覚悟を決め、小さな声で告げた。
「遺産は……有田さんの遺言通り、受け取らせていただきたいと思っています」
 一瞬、親族たちがざわめいた。だが、それはすぐに収まり、話し合いはそのまま続けられる。そして全ての遺言の確認が終わると、克己以外の親族たちはさっさと帰ってしまった。
 彩花はその場に残り、弁護士から相続の手続きについての説明を受けた。用意すべき書類のことなど、彩花が話を聞いている間、克己は隣の席で身動き一つしなかった。
 彩花への確認を終えると、弁護士がその場を立ち去った。彩花も克己の顔を見ないまま、部屋を出ようとした。
「おい、待てよ」
 静かな口調ながらも、棘のある克己の声が聞こえ、彩花はドアの前で立ち止まる。背後に克己が歩み寄り、怒りのこもった手で、彩花の腕を引っ張った。
「お前、財産の受け取りは拒否するって言ってたよな? 俺のためにって! あれは嘘だったのかよ!」
 嘘じゃない。全力で否定したかった。だけどそれをすることも、今は許されないのだ。
「……ごめんなさい」
 彩花は振り返り、涙で滲んだ瞳で克己を見る。克己は出会った頃のような、敵意の眼差しをこちらに向けていた。
 怖い。背筋が凍りそうなほどに怖かった。だけど、それでもこの人を嫌いになれない。その気持ちが、彩花の涙を更に増やしていく。
「結局、お前は金目当てだったってことか」
 そう言って、小さく舌打ちする克己に、彩花は心で叫ぶ。違う。違うよ、克己さん――だが、その声は克己に届くはずもなく、彩花の中で虚しく消え去っていく。
「結局お前も、財産目当てで俺や社長に近づいたんだろ? 違うか!?」
 彼は怒っていた。だが、それだけではない。絶望もしていた。信じていた者に裏切られ、傷ついていた。激しい怒りの炎が全身を覆いながらも、克己の表情には、捨て子のような惨めさが浮かんでいる。
 ごめんなさい、ごめんなさい。彩花は涙を流しながら何度も繰り返す。その顔を見ながら、克己は彩花の腕から手を放し、怒りを強めた視線を向けた。
「二度と俺の前に、顔を見せるな」
 克己はそう吐き捨てると、彩花の横を通り過ぎ、部屋を出て行った。消えていく克己の背中を見ながら、彩花は思っていた。バチが当たったんだ、と。
 これは、彼を信じられず、疑い続けたことへの罰なのだ。その罰によって、彼に嫌われ、二度と触れ合うこともできなくなってしまったのだ。



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第15話『彼の強さと彼女の歌』は12月2日(月)更新です。
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