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ポケパラノベル
小説タイトル
イラスト:jericho

作者情報

青井 由
北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。

小説タイトルチェンジング・ビューティー【完】 更新日時2013.10.07

第7話 舞花と有田

小説挿絵  ホールを照らす、いくつものシャンデリア。その輝きに反射して、克己の目が光っている。獲物を目前に据える肉食獣に似た、視線の鋭さ。それが、あの夜の中で見た、ナイフの形と重なり合う。
 あの時、ナイフで襲ってきたのは、この男なのではないか――その疑いを胸に秘め、彩花は克己の白い包帯を見る。彼女の頬や、そこに触れる指先に、あの時のナイフの冷たさが、キン、と音を立てて響く。
 じゃあ、何のために? ナイフの感触を受け止め、彩花は自分に問い掛ける。この男が襲ったとするならば、一体何が目的なのだろうか? 彩花を襲うことに、どんなメリットがあるのだろうか?
 あるとすれば、舞花のことが絡んでいそうだ。そして有田の財産についても、繋がっているに違いない。
 彩花の頭の中に、激しくアラームが鳴り渡る。ああ、まただ。彩花は深く呼吸をして、その高い音を逃がそうとした。これは、舞花が危険信号を発しているということだろう。舞花の身に、何かが起こっているのか。それとも、彩花に迫る危機を伝えようとしているのか。目の前にいる克己に気をつけるように、と。
 脳内で続くアラーム音と、賑わいを示すホールのざわめき。その狭間で、彩花の心には不気味な想像が湧き上がる。
 有田の財産の分与を受けようとしていた舞花は、「消えた」のだ。そして、舞花になりすましている彩花をも、「消えた」ことにしようとしているのではないだろうか?
 ならば、克己が自分を襲うことはあり得る。その上、克己が舞花の失踪と繋がっている、という証拠にもなる。
 そう思えば、一気に血の気が失せていく。襲われた時同様、全身に冷や汗が走った。震えを隠しながら、彩花は克己を見続けた。彼が座る、赤いソファ。その色が目に強く映り、血の色にも見えてくる。
 それは誰の血なのか。舞花の? それとも私の?
「そうだ、リオナちゃん。今日はね、例の話をしたいんだよ」
 水割りを作る手を止めていた彩花が、有田の声で我に返る。「例の話」が、財産の分与のことだと気づいた瞬間、彩花は焦ったようにマドラーを回した。
「あ、あの、有田さん。そのお話はなかったことに……」
 財産などいらない。私はただ、舞花を見つけたいだけ。その気持ちが、マドラーで回す水割りと共に、くるくると心の中を駆け巡る。
「リオナちゃんに財産を分与する手続きを、早めにしたいと思っていてね」
「あ、あの、ですから、有田さん。私は財産なんて……」
 ニコニコしながら話を続ける有田へと、彩花は拒否の意を伝えようとした。そんな彼女へと、有田の横にいる克己がしかめっ面を向けている。
 グロテスクなものを見るように、嫌悪感を表す視線。それに耐えきれず、彩花は俯く。すると有田は、グラスに添えられた彼女の手を、そっと握り締めた。
「財産の分与には、書類を揃える必要があってね。手数をかけて悪いが、リオナちゃんの住民票を用意してもらえんかな?」
「社長!」
 克己が話を切るように、声を上げた。
「俺はまだ、その件については承知してませんよ!」
 有田に話しているにもかかわらず、克己の視線は彩花へと突き刺さっている。それを感じ、彩花がゆっくりと顔を上げた。克己の憤怒の表情。それが視界に入れば、この世の終わりにいるような恐怖しか感じられない。
 得体の知れない悪意。そして、命の危機。それは、夜の中で襲われた時に感じたものと、よく似ていた。
 逃れようもない恐ろしさに怯え、彩花が体を震わせる。するとその時、カカカカ、と連続した音が聞こえてきた。こんな場所で、カラスの鳴き声? まさかと思いつつ隣を見れば、有田が重い雰囲気を弾け飛ばすように、大声で笑っていた。
「おいおい、克己。お前が承知しようがしまいが、これは私の財産の問題だよ。お前には関係のないことだ」
「何を言ってるんです?」
 克己は大きくため息をつき、体を乗り出す。そして、彩花を指差した。
「社長は、この女に騙されているんですよ! あんな多額の財産を、こんなしたたかな女に渡すなんて! それが原因で、『有田社長は、とうとうボケたのか』と噂されてるのを知らないんですか? それにこの女は、本当は――」
 克己はわざとらしく、そこで言葉を止めた。その後に続けようとしている言葉の、見当はつく。この女は、本当は「リオナ」ではない――そう言いたいのだろう。
 次第に顔を青ざめさせていく彩花を、克己はほくそ笑みながら見ている。続きの言葉を、言うか言わないか。その瀬戸際を楽しんでいるようだった。
 最低。悪趣味にも程がある。彩花が睨みつけても、克己は余裕の態度を崩すことはなかった。
「いいですか、社長! この女は、本当は『リオナ』では……」
「克己! いい加減にしろ!」
 克己の言葉を遮るように、有田が声を荒らげた。いつも温厚な表情を見せている有田が、珍しく怒りを露わにした。その様子に彩花だけでなく、克己までもが驚きを隠せなかった。
「克己、お前は勘違いをしておるぞ。財産の分与に関しては、リオナちゃんに強請られた訳ではないんだ! 私の方から『ぜひ、私の財産を受け取ってほしい』と、リオナちゃんに頼んだんだよ。なぁ、リオナちゃん、そうだったよなぁ?」
 同意を求められても、彩花は状況が掴めない。掴めるはずもない。有田が頼んだ相手は、彩花ではなく舞花なのだ。
「なぁ、リオナちゃん。前にも言っただろう? 私は、あんたの性格を気に入っているんだよ。ご両親を早くに亡くしたのに、そんな影など見せず、いつも明るい。そして若いながらにしっかりしているし、とてもお姉さん思いだ」
「あ、ありがとうございます」
 彩花は反射的に頭を下げる。妹のことなのに、自分が褒められているかのように嬉しかった。
 こうして、ちゃんと舞花を見てくれている人もいるのだ。有田の言葉を聞いていれば、この店の金を持ち逃げしたことや、克己に取引を迫ったことなど、本当に舞花がしたこととは思えなくなる。
 そうだ。舞花は自分の意志で、そんなことはしたりしない。以前、権藤が言っていたように、誰かに唆されてやったに違いない。絶対にそうだ。
 その思いを強くしている彩花の顔を、有田はまじまじと見つめていた。
「そして何よりも、リオナちゃんは、私の死んだ娘に似ているしなぁ」
「似ていませんよ」
 間髪入れずに克己が反論すると、有田は「似ているよ」と、笑顔のままで言う。
「悦子も、リオナちゃんのような子だった。明るく、元気で、しっかり者で、情に厚い子だった。だけど、その情の厚さが仇になった」
 その言葉を聞き、克己はぴたりと動きを止める。見えないものに捕らわれたように、全身を凍りつかせ、目を見開いた。そんな克己を見ながら、有田はゆっくりと言葉を続けていく。
「だから、リオナちゃんを見ていたら、悦子を思い出してね。ついつい、援助がしたくなってしまった。両親を亡くした女の子が、これから働きながら生きていくにしても、限界があるだろう? だから、財産を受け取ってほしいと頼んだんだよ、私の方からね!」
 ポン、と有田は、強く自分の胸を叩く。
「誰に頼まれた訳でもない。もちろん、リオナちゃんから頼まれた訳でもない。リオナちゃんを援助したいと、この私が、そう願っただけなんだ」
「あの、ですから、その援助は、お断りしたいんです」
 彩花はやっとのことで、有田の話に割り込み、思いを口にした。すると有田は、ははは、と声を上げて笑う。
「やっぱり、またそう言うのかね」
「え? あの、『また』ってことは……」
「私が財産の分与を申し出てからずっと、リオナちゃんは受け取りを拒否し続けているじゃあないか! 『人様の財産には、興味がない』なんて言ってなぁ。『これまで自分は、姉と二人で支え合って生きてきた。大変だったけれど、そんな人生を否定したくない。人の金に頼るんじゃなく、ちゃんと姉と二人で、人生を切り拓きたい』とね」
 彩花の脳裏に、舞花の姿が浮かぶ。派手好きで、目立ちたがりだけど、心の強い子。それが彩花にとっての舞花だ。有田の言葉からは、そんな舞花の様子がはっきりと見えてくる。
 うじうじと悩みがちな彩花を、いつも励ましてくれていた舞花。その力強さと明るさを、ここに来る客たちにも振り撒いていたであろうことは、想像がつく。
「リオナちゃんは、いつも明るい」
「元気なリオナちゃんを見てると、こっちも元気になるよ」
 舞花の客たちは皆、「リオナ」になりすました彩花にそう言っていた。きっと彼らは、舞花の燦々と輝くパワーに惹かれていたのだ。有田だって、その一人なのだろう。
 彩花はふと、ホールを見回す。この日の『Bella Donna』は盛況で、全てのボックス席が埋まっていた。
 至る所から、男と女の声が響き、時にはシャンパンの栓を抜く音も聞こえる。誕生日の客がいるのか、キャストが歌う『Happy Birthday』も聞こえてきていた。
 その調子が少し外れ、歌詞が字余りになる。それでも必死に歌い上げるのを耳にしながら、彩花は微笑む。
 ここにいるキャストたちは皆、一生懸命だ。あの手この手で、必死に客を振り向かせ、少しでも多くの稼ぎを得ようとしている。舞花もまた、この中でがむしゃらに働いていたことだろう。そんな舞花のことを、有田は確かな目で認めてくれている。
 姉としては、それには感謝をしたい。だからといって、有田に甘える訳にはいかないのだ。
「ほら、リオナちゃんは言ったじゃないか。『有田さん、そんなに財産があるんだったら、あたしにくれるんじゃなく、ここでジャンジャン使っていってくださいよ』とね。『その方が、店の売り上げにもなるし、あたしも潤うから』って」
「は、はぁ……。そんなこと、言った……かな?」
 彩花は無理をして、有田に相槌を打つ。そのぎこちなさに気づいてか、克己の視線が一層強くなる。
「だが、それは、水商売の女が言ったことだろ?」
 克己は舌打ちしながら、声を上げた。
「水商売の女の言うことなんて、信じられませんよ」
 まただよ。彩花は小さくため息をついた。
 この男は、「水商売の女」といつも軽蔑的に口にするのだ。しかも、トラウマでもあるかのような口振りで。
 その発言を聞く度に、彩花の心では苛立ちと腹立たしさが高まっていく。仮の姿といえども、キャバクラ嬢となった彼女にとっては、「ムカつく」としか言いようがない。
 きっと昔に、水商売の女に嫌な目にでも遭ったのだろう。そうでなければ、こんな言い方をするはずもない。彩花は勝手に断定し、思わず顔をニヤつかせる。
 真面目で頑固そうなこの男が、キャバクラ嬢に入れ込んでいる姿。それを想像するだけで、ギャグ漫画一冊分ぐらいは爆笑できそうだ。
「では、悦子は――お前の母親はどうなんだ?」
 聞こえてきた有田の声に、彩花は咄嗟に表情を引き締める。
「なぁ、克己。お前は、自分の母親のことも信じられんのか?」
 母親? 何故ここで、克己の母の話を出すのか。彩花は不思議に思うものの、その気持ちは隠し、有田と共に克己の返事を待った。
 克己は、すぐには答えようとはしなかった。苦しげに顔を顰め、視線を空中に漂わせた後、やっとのことで口を開いた。
「自分の息子を置いて死んだ女など、信用できません」
 はっきりと言い切ると、克己は再び彩花へと目を向ける。その強い眼差しからは、信念を貫く覚悟が伝わってくる。これ以上、誰のどんな感情にも流されまい。そんな自分を抑制する、頑なな覚悟だ。
 そう言えば、と彩花は思っていた。この男はいつも、こんな風に彩花を見るのだ。初めて会った時も、ホテルについて行った時も、そして今も。昨日の、あの遠くを見るような感じが、特別だっただけだ。
「どんな理由があろうとも、俺は水商売の女は嫌いだ」
「おいおい、克己。この場所で、そんなことをわざわざ言う必要もないだろう?」
 キャバクラという、水商売の女たちが集う場所での暴言。それを平気で口にする克己に、有田が呆れたように首を振る。
「いいえ、社長。俺はこの女に言わなきゃ、気が済まないんです!」
 克己はゆっくりと立ち上がると、彩花を見下ろした。
「俺は、これまで必死で頑張ってきたんだ。『社長の七光り』とか、『あの自殺した娘の息子』って、俺をバカにする連中を見返したい一心で!」
 自殺。その言葉に驚き、彩花は口を開けたままで表情を固まらせた。克己の母――つまり有田の娘が、自殺をしていた。今、知らされた事実が、彩花の背中をなぞり、冷たくしていく。
「全ての人に、認められたかった。社長の後継者として、ふさわしい人間になろうと思っていた。社長の資産を受け継ぎ、今まで以上に会社を大きくするのが、自分の使命だと信じていた」
 握った拳で、克己は力任せにソファの背凭れを殴りつける。ドン、と鈍い音がホールに響き、近くのボックス席にいた客やキャストたちが顔を向ける。それを気にすることなく、克己は食いかからんばかりに、彩花へと言葉をぶつけていく。
「なのにその資産を、何故お前のようなキャバクラ嬢ごときに、奪われなくちゃならねぇんだよ!」
「わ、私は、そんなつもりはありません!」
「お前は違っても、『リオナ』はそう考えてるんじゃねぇの?」
 彩花は、何も言い返すことができなかった。黙ってしまえば、自分が偽者の「リオナ」であることを認めることになる。それを知りながらも、言葉を詰まらせてしまっていた。
 身動きのできない彩花を見ながら、克己が視線を緩める。そして、嘲笑いを含んだ声を上げた。
「今の俺の言葉、『リオナ』に伝えておけよ」
「おい、克己。リオナちゃんは、目の前にいるじゃないか」
 その有田の言葉に、克己は答えない。ニヤニヤと笑うだけだ。その表情は、再び彩花の脳裏に、昨日の襲われた感覚を呼び起こす。
 この男は、自分と舞花を追い込もうとしている――その意図がはっきりと分かるのだ。ならば、疑いの目など、この男には向けるまい。この男は確実に、「舞花と、自分にとっての敵」なのだ。
 そう思い、彩花は全身から気力をかき集め、克己を睨みつけた。
 その時、どこからかメロディが流れてきた。この前も聞いた、着信音の『ジムノペディ』だ。克己はジャケットの内ポケットを弄り、スマートフォンを取り出す。液晶画面を見て、克己は呟いた。
「悪い。取引先からだ」
 克己は通話ボタンを押し、応答しながら席を外す。ホールの出入口に向かい、テーブルの間を進んでいく彼の姿を見ながら、有田は彩花に頭を下げた。
「すまんな、リオナちゃん。克己が酷いことを言ってしまって……」
「い、いえ、気になさらないでください!」
 彩花が笑顔で答えると、有田は大きくため息をつく。
「全て、私のせいなんだ」
「え? 何がですか?」
「あれが、あんな風になってしまったのは、私が全て悪いんだよ。私が、克己の母親、つまり、私の娘の悦子に、酷い仕打ちをしてしまったから」
 楽しそうに微笑み、酒を飲む。それが定番の有田が、今は泣き出しそうな表情を見せていた。



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