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2013.12.16
作者情報
| 青井 由 |
| 北海道生まれ、東京在住の小説家。 大人の女性向けの恋愛小説を主に書いています。 主な執筆履歴&活動状況は「ya*info」(http://aoiyoshi.lovepop.jp/)にて公開中。 |
チェンジング・ビューティー【完】
2013.11.11
第12話 彩花の告白
ホールの中に克己の姿を見つけ、彩花の心は弾む。思わずスキップを踏みそうになるが、そこは我慢。
テーブルではお互いに微笑んで、客とキャストとしての形式的な挨拶を交わす。それが終われば、あとは二人で楽しく話せる時間が待っていた。
「お前、久保田ゼミの志望なのか?」
克己が彩花と同じ大学の出身で、学部も学科も一緒だと知ったのは数日前。その上、彩花が志望しているゼミに所属していたと知ったのは、この日のことだった。
「でも、久保田ゼミは人気だし、入室試験も大変なんです」
「ふぅん。……おい、グラスが空になってるぞ! 何か言うことはねぇのかよ!」
自分のグラスを見せつけ、克己がキレ始める。以前の克己に戻ったような態度に、彩花は一気に焦り出す。
「は、はい! かしこまりました!」
「てめぇは居酒屋の店員か? もっとマシなこと言えよ!」
「じゃあ……え、えっと、お客様、何かお飲みになりませんか?」
彩花は小首を傾げ、克己にメニューを開いて見せる。
「ワインがお好きでしたら、ワインベースのカクテルもお作りできますよ」
覚え立てのセールストークを口にして微笑む彩花に、克己は満足げに頷いた。
「よくできた! お前もやっと、キャバクラ嬢らしくなってきたんじゃねぇの?」
「え? もしかして、私を試してたんですか?」
「お前みたいなへなちょこキャバ嬢を鍛えてやってんだから、ありがたく思えよ!」
「ひ、酷い!」
頬を膨らませて不満を示す彩花を横目に、克己は鞄の中を弄る。
「まぁ、お前の努力に免じて、ご褒美をやるよ。ほら」
鞄から一冊の本を取り出すと、彩花へと渡す。それは、著名な経済学者が書いたものだった。
「これは久保田ゼミを目指すなら、読んでおいた方がいい」
「あ、ありがとうございます!」
「特に第二章の内容は、入室試験の論文のテーマにもなる」
克己が彩花が持った本へと手を伸ばし、ページをめくる。
「この『自由競争と独占』ってのが……」
不意に、克己の顔が彩花に近づいた。
「ここは確実に出ると思う。チェックしておけよ」
克己の吐息が、彩花の頬に触れる。それでもドキドキするのに、彼の首筋から香りが漂えば、更に彩花の全身がときめくように脈打ち始める。
こんな感じは、初めてではない。権藤とキスをした時や、抱き締められた時も、息切れするほどドキドキしたではないか。だが、今のこの感じはちょっと違う。こうして克己が親切に勉強について教えてくれることや、時々見せる意地悪な部分も、全部丸ごと楽しくて、嬉しいのだ。
心の底には、克己への疑いがまだ残っていた。だがそれを押し退けて、別の感情が溢れてしまう。それが「愛情」と呼べるものであることに、彩花は気づき始めていた。
「どうか、克己を信じてやってほしい」
有田が手紙に綴っていた言葉を蘇らせつつ、彩花は克己を見る。
最近の彼の様子には、どこにも疑うべき部分はない。いや、これまでの彼だってそうだったのではないだろうか? 打ち解ける前の克己が、彩花に対して攻撃的だったのは確かだ。だかそれは、有田を守ろうとしていただけのはずだ。
それに引き替え、彩花自身といえば、密かに妹になりすましている。やましいのは自分の方なのだ。しかも財産分与の話で、この人を悩ませているではないか。
本をめくっていた克己は、彩花の視線に気づき、ふと顔を上げる。
「どうした?」
「い、いえ。何でもないです。本、ありがとうございます!」
彩花が嬉しそうに笑い、克己も笑顔になる。彼女の要領の悪さや生真面目さ。それが垣間見える度に、滑稽でありながら目が離せない。媚びを売らず、彼女自身の可愛らしさだけが際立っている。
そんな彩花と過ごすことで、騒がしいホールの中にいながらも、心が癒されていた。最近の仕事が忙しさや、有田の体調が思わしくないことが、克己の疲労感を煽っていたのだ。
水商売の女に入れ込むほど、俺も疲れているのか――克己は自嘲しつつ、考える。もし財産分与の話がなければ、こうして彼女と出会うこともなかっただろう。そして、その話がなければ、もっと心から彼女を求められただろうに、と。
この日の閉店後、権藤は彩花を事務室へと呼び出していた。厳しい表情をした権藤は、正面に据えた彩花を下睨みする。
「彩花、お前さぁ、本気で舞花のことを探してる?」
「は、はい。もちろんですけど……」
「俺にはそう見えないけどなぁ。もしかして、あの克己ってヤツに惚れた?」
「そ、そんなことないです!」
彩花は何度も首を振る。権藤の言葉はもちろん、自分の心にある克己への想いも、全て否定するかのように。
その反応に、ほっとした様子を見せた権藤は、「なぁ、彩花。頼むよ」と頭を下げた。
「さっさとあいつから、舞花のことを探ってくれよ! あいつのスマホとか手帳とか、持ち物なんかにも、舞花の手がかりがあるんじゃね?」
これ以上、彼から何を探れというのか。克己に対して、彩花が愛情を抱き始めているのは事実だ。その気持ちを差し引いても、もう彼には疑うべき部分はない。
ならば、彼に自分ができることは何なのか――彩花は覚悟を決め、「店長さん」と権藤を見据えた。
「舞花のことに関しては、まずは財産の分与を、有田社長にお断りすべきだと思うんです」
「どうして?」
権藤は露骨に顔を歪め、彩花へとにじり寄る。
「それって、舞花の問題っすよね? 何で彩花が関わる訳?」
「財産の受け取りを、舞花が望んでいたとは思えないからです」
「それは彩花の考えでしょ? この件については、舞花の意志に従うしかないっすよ」
「でも私は、舞花を信じたいんです! それに……」
その時、壁から、カリカリ、とネズミの引っ掻き音が聞こえてきた。それはまるで、彩花を励ますかのように聞こえる。
そうだ。まずは自分の気持ちに素直になろう。彩花はネズミのエールを得て、顔を上げる。
「私は、あの人――克己さんが嫌がることをしたくないんです」
自分の思いをはっきりと告げる彩花を、権藤は不機嫌そうな表情で見ていた。
私がやるべきことは、二つ。一つは、舞花を見つけ出すこと。もう一つは、彼の邪魔にならないようにすること。
その誓いを胸に、彩花は次の日、『Bella Donna』にやって来た克己へと、話を切り出した。
「有田さん。今日、お店が終わった後、お付き合い願いませんか?」
「何だ? アフターの誘いか? お前もそんなことができるようになったのか」
からかいを含む克己の言葉に、彩花はあえて真面目な表情で答える。
「そうではなく、お話ししたいことがあるんです」
「ここでは話せないこと、ってことか?」
「はい」
彩花は視線を上げ、ホールの入口の近くに佇む、権藤の姿を見据えた。権藤は腕を組み、こちらへと凝視し続けている。
「悪いが、今日は溜まってる仕事を、家で片づけなくちゃならない」
克己はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、操作を始めた。
「話があるなら、家まで来い。今、お前の携帯にうちまでの地図を送ったから」
「分かりました」
彩花は権藤の強い視線を感じながら、大きく頷いた。
「鍵は開いているから、二階の奥の部屋まで来てくれ」
『Bella Donna』の閉店後、克己の自宅までやって来た彩花は、大きな門に備え付けられたチャイムを押した。するとインターホン越しに、克己のその言葉が返ってきた。
「豪邸」と言えるほどの住宅へと入り、克己の指示通りに階段を上っていく。薄暗い廊下に、奥の部屋から光が漏れ出ているのを見つけ、そのドアをノックした。
「どうぞ」
克己の返答が聞こえ、彩花はドアを開ける。広い部屋の中で、Tシャツにジーンズ姿の克己が、デスクでパソコンに向かっていた。
「悪いな。家政婦がもう寝ちまってるから、お茶も出せない」
「いいえ。すぐに帰りますから」
彩花はドアの近くに佇んだままで、動かなかった。
「で、話したいことって何だ?」
キーボードを叩く克己の問いに、彩花は思い切って口を開く。
「有田社長からの財産の分与を、正式に拒否したいんです」
克己は手を止め、彩花を見る。照度を落とした部屋の中で、彼女の姿が実体のないもののように見えた。
「あのお話は元々、舞花もお断りしてたことのようですし。私も、人様の財産に頼ろうとは思っていません」
「それは、『リオナ』の代理としての考えか? それとも、『西山彩花』本人の意見か?」
「どちらでも構いません。どちらも、私ですから」
「それでも社長は、お前たち姉妹に財産を譲ろうと考えている」
「でも、あなたは……」
彩花はそこで言葉を切り、唇を噛み締める。すると克己は、「俺が、どうかしたか?」と尋ねた。
彩花の瞳には、既に涙が溜まっている。何を思い詰めているのか、と克己が思っていると、彩花が話し出した。
「あなたは、嫌でしょう? 私と舞花が有田さんの財産を受け取るなんて」
「あれは、俺の問題じゃない。社長が納得するかどうかだ」
「私には、有田社長なんて、関係ないんです!」
彩花が叫び、涙が零れ落ちる。これでは埒が明かない。克己は立ち上がり、彩花の許へと歩み寄った。
「まぁ確かに、お前たちが財産分与を拒否してくれた方が、俺としては好都合ではある」
克己は彩花の前へとやって来て、ポケットに入っていたハンカチを手渡した。
「まずは、財産分与を拒否する理由を教えてほしい。それをお前がはっきりと示さないと、社長には納得してもらえない」
どうしよう。ハンカチで涙を拭いつつ、彩花は躊躇していた。本当の気持ちを言うべきかどうか。
「なぁ、教えてくれ」
心を解きほぐすような声。そして、こちら見る優しげな眼差し。そんな克己の様子の一つ一つが、彩花の迷いを全て吹っ飛ばしてしまう。
「私が、あなたを好きだからです」
瞬間、克己が目を大きく見開く。そりゃ驚くよね。妙に冴えた頭でそう思い、彩花は話を続けた。
「私が、あなたを好きだから、あなたの邪魔になることはしたくない」
言ってしまった。後悔や恥ずかしさ、そして「やっちまった」的な感じ。それらを混ぜ合わせた彩花の顔を、克己が覗き込む。
「お前は、バカか?」
いきなりの言葉に、彩花は「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「俺は、お前とお前の妹を、『クソ女』呼ばわりしてたんだぞ!? そんなヤツに惚れるって、どういうことだよ!」
「で、でも、仕方ないじゃないですか! 好きになっちゃったんだもん!」
「だからって……あのなぁ……」
克己はしばらく頭を抱え込み、歯を食い縛る。一体どうしたのか、と彩花がハラハラしていると、克己はいきなり顔を上げ、両手で彩花を引き寄せた。驚きで固まる彩花の体を抱き締めて、唇を合わせる。
それは、権藤としたキスとは、まるで違っていた。何度も唇を吸い上げ、抉じ開ける様は、彩花を必死で求める以外の何物でもない。
「あ、あの……」
唇が一瞬離れた隙に、彩花が声を上げる。
「もしかして有田さんも、私のことを好きなんですか?」
「バ、バカかお前!」
克己は声を荒らげ、彩花の頬を優しく抓る。
「そうじゃなきゃ、こんなことするかよ!」
「ご、ごめんなさい!」
謝る彩花の口を、再び克己の唇が塞ぐ。幾度となく彼女の背中を撫でるうちに、克己は唇を離し、彼女の体を抱き上げた。そのまま部屋の奥にあるベッドへと運び、横たわらせる。
何が起こるのか、と身を竦める彩花の首筋に、克己はそっと唇を寄せた。
「彩花」
彼が呼ぶ自分の名前が、首筋に伝わる。そしてその後に、「好きだ」と言ってくれたのを、彩花は聞き逃さなかった。
服を肌蹴させていく克己の手にも、抵抗することはなかった。好きな男の前で肌を晒す恥ずかしさと戦い、顔を赤らめる。それしかできない。
次第に裸にされていく自分と、自ら裸になる克己。この状況が不思議だった。こうして男と女が裸で抱き合うなど、彩花にとっては小説やドラマの中だけの出来事で、都市伝説と化していたのだから。
だけど実際に、克己に肌へと触れられれば、それが自分の身にも起こり得ることだと分かる。心から湧き上がる、ふんわりとした愛情。それを煽るように、克己の指や舌が体を優しく撫でれば尚更だ。
そのうちに体の奥が疼き始め、思わず声も出る。初めてなのに、こんな風になるのは変なのではないか。そんな恥じらいから、開かれた脚を閉じようとするが、克己に押さえられてしまう。
「力抜け」
掠れた克己の声に、彩花はこくんと頷いた。潤いで満たされた彩花の中に、克己が入ってくる。
圧迫感と痛み、奇妙なくすぐったさ。克己に抱き締められながら、それらを全身で感じれば、「リオナ」としての仮面や、舞花を探す義務感をまでもが、全部剥ぎ取られていく。
ごめんね、舞花。今だけは、あんたのことも、他のことも全部忘れさせて――心で舞花に謝罪しつつ、彩花は克己にしがみついた。
重なった体が、彼の動きに合わせて揺れる。すぐそこにある克己の顔は、いつもの凛々しさを失っていた。
きっと自分も、こんな顔をしているのだろう。彩花はそう思った。目の前にいる相手だけを見つめ、他のことなど考えられない表情を、自分もしているに違いない、と。
「喉渇いたな」
克己はベッドから起き上がり、下着を身につける。そして、彩花の頬にキスをした。
「水、取ってくる」
「はい」
彩花はベッドに横たわったままで、閉まるドアの音を聞く。そして幸せの感触が残る体に、そっと触れてみた。彼の体温がまだ肌に残っていて、じんわりと熱い。
好きな人と肌を合わせることが、こんなに嬉しくて気持ちがいいなんて。口許を緩ませて、視線を前に投げ出した。すると、壁際に掛けてあるジャケットが目に入る。それは今日、克己が着用していたものだ。
「あいつのケータイとか手帳とか、持ち物なんかにも、舞花の手がかりがあるんじゃね?」
前日の権藤の声が蘇り、愛情で満ち足りた彩花の脳裏に影が差す。
彩花は、克己を信じたかった。こうして関係を持ってしまったからには、どうしても克己の潔白を証明したい。
克己さん、あなたを信じてさせて――彩花はシーツで体を覆い、ベッドから起き出した。足を進めてジャケットの前へと辿り着くと、そのポケットを一つずつ弄っていく。
どのポケットも空で、怪しげなものは見つからず、最後に左のポケットに手を入れてみた。その底に近い部分で、指先に引っかかりを感じる。小さな塊が二つ。それをつまみ、取り出してみた。
それはピアスだった。大きなビジューが付いた、フープピアスだ。
これ、どこかで見たことがある。どこでだろう?
その疑問に、不意に答えが出た。そうだ。去年の舞花の誕生日に、彩花がプレゼントしたものと同じものなのだ。色も形も、全く同じだ。
瞬間、頭の中でアラームが鳴り、目の前に一つの確信が現れる。これは、舞花のものに違いない。理由なんてないけど、絶対にそうだ。
では何故、この舞花のピアスを、克己が持っているのか。鳴り響くアラームに煽られながら、彩花はその疑問を自分に投げ掛けていた。
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第13話『有田の死』は11月18日(月)更新です。
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イイネ!
6人がイイネ!と言っています。
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