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2013.08.19
作者情報
| 森山まなみ |
| 湘南でロハス&ときどきベジタリアンな生活を送りつつ、小説やシナリオ、コラムなど、しがないモノカキとして日々奮闘中。代表作「嬢マニュアル」(祥伝社)、コミック「ママはキャバ嬢」原作(講談社)など。公式ブログ→http://ameblo.jp/manami-moriyama/ |
キャバ嬢NO.1【完】
2013.05.06
第3話 ユイカ(前編)
実家に帰って3週間。保育園に再就職かキャバ嬢復活かずっと考えていた。
悩む私に母は言う。
「長女だからって家のことそんなに気にしなくてもいいのよ。考えてくれるのは嬉しいけど、犠牲になっては欲しくないの。もっと自分のためにワガママになっていいのよ」
自分のため、自分のしたいことって何だろう。
ずっと夢だった保育士にむかって突き進んできたから、それ以外のしたいことなんか簡単には出てこない。
これからゆっくり探すのもいいかなと思うし、肝心の保育じゃなくて取り巻く問題で挫折してしまった保育士だって、まだ完全に諦めたわけじゃない。
それに、家族のため……とか言いながら、充実した毎日をけっこう楽しくやってきた。
自分のためじゃないからこそ、頑張れたのも本当だった。だから、私にとっては家のことを考えて動くのは当たり前で自然なことなんだって気付いた。
来年は2番目の弟の大和が高校入学、末っ子由良が小学校入学を控えていた。
新入学はなにかとお金がかかるし、なんといっても大和は県内で公立最難関と言われている高校を目指している。先生にも太鼓判を押されるほど優秀だから、絶対に良い大学にも進んで欲しい。
趣味の将棋では全国大会に進むくらいの実力だし、すこぶるできのいい我が家の突然変異(?)の大和にはお金のことで将来を諦めて欲しくない。
中1の次女・咲良はすっかりオシャレに目覚めていて、いっしょにショッピングモールに行ったときには驚かされたっけ。
「これ可愛い~♪」
手に取ったのはヒラミニのスカートやキレイ色のカーデや柄パンで、しっかり今どきのトレンドを分かっていて、最近は中学生といえども大人顔負けのファッションをしている子も多い。
咲良はお小遣いの中で小物とかしか買っていなかったけど、きっとたくさん欲しいものがあるんだろうなと思った。
「お姉ちゃんが買ってあげるよ。今ちょっとリッチだから」
「ホントに?! やった~!」
大喜びして選んだのはリズリサのショートパンツ。
「1着だけでいいの?」
「全然いいよ! ありがとう! 超嬉しい!!」
気を遣ったのか遠慮したのか分からないけど、結局3,980円のパンツと300円ショップのアクセのみ。
せめて人並みにオシャレをさせてあげたい。
長男の武蔵だってガススタのバイトをしながら専門学校に通って、整備士になるために頑張ってる。
家事や子育てだけでも大変なのにパートに出ている母にも無理しないで欲しい。もともと細いのに最近また痩せてきているし、母の体がすごく心配だった。
久しぶりに家族と過ごして見えてきたもの。私が今できることは、稼げる内に稼いでおくことなんじゃないかと思った。
「横浜ならうちの系列あるぞ?」
キャバクラで再び働くことを決意した私にキタガワさんが言った。
≪Club rich≫は、神奈川県で多くのキャバクラを経営している会社が運営していて、横浜にも系列店があった。県内一の繁華街だけあって、横浜のキャバクラは系列で一番の高級店だった。
「あんな高級なところは無理ですよ~。ていうか、横浜みたいな大きな繁華街はちょっと怖いです」
大きくもなく小さくもなく中くらいの規模で、ほどよい田舎の地元でだからこそ、こんな私でもキャバ嬢になれたのだと思っていた。
「そうか? ヒナタなら通用すると思うけど」
真面目顔で言われると照れる。
「ありがとうございます……。やっぱり横浜だと時給もいいですか?」
「ああ、ここよりかなりな。歌舞伎町や六本木には負けるけど」
「そうですか……」
なるべく多く稼ぎたい。でも、≪Club rich≫しか知らない私は情けないことにビビっていた。
「住んでんの東横線だっけ?」
ふいにキタガワさんが聞いてくる。
「そうです」
「自由が丘のキャバに昔の知り合いがいる。そこ行ってみるか?」
「あんなキレイでおしゃれな街にもキャバクラあるんですか?」
短大時代に何度か遊びに行ったことがあった。目黒区自由が丘。洗練された街のイメージの自由が丘にキャバクラがあるなんて。
「あるある。自由が丘駅前に何件かな。上品な街だけあって、客層も悪くない」
落ち着いた店なら都内でもやっていけるかもしれない。
「上品なら高級店だったりしません?」
「ん~、落ち着いた店ではあるけど、値段的には高級でもない。求人探して行くより、紹介の方が待遇もいいから連絡してやるよ」
願ったりかなったりのありがたい言葉に飛びつく。キタガワさんの勧めなら間違いない。
「お願いします!」
今度は都内。しかも23区内。自由が丘で私はふたたびキャバ嬢になる。
東急東横線と大井町線が通る自由が丘駅の南口を出る。いつも正面からしか降りたことがなかったから、初めて足を踏み入れた。ロータリーになっている正面口とは違って、並木が美しく整備された一本道で両側に店舗がずらりと並んでいる。駅裏とはいえ、マリ・クレール通りなんてフランスの名前がついたオシャレな商店街で、人の多さにドキドキしながら歩いた。
そのマリ・クレール通りに面したビルの2階に、キタガワさんに紹介された≪FANTASISTA≫はあった。
「初めまして! フルヤです」
黒髪をオールバックにした目つきの鋭い男性が出迎えてくれる。やり手のイケメンだとキタガワさんは言っていたけど、私の目には少しコワモテに映った。
「三宮日向です。1年くらいブランクがあるんですけど、大丈夫でしょうか?」
「キタガワさんに話は聞いてます。それくらいのブランク全然問題ないですよ。うち、専属のキャスト少ないんで週6希望すごく助かります」
定休日以外は毎日出勤するつもりだった。やるからにはしっかり働いて、たくさん稼ぎたい。できるだけ多く実家に仕送りしたいと思っていた。
「なるべくフルで出ます。ラストまでだと送りありますか? 横浜の方なんですけど……」
ラストまで働いたら終電はとっくにない。行きは電車でいいけど、さすがに歩いて帰れる距離でもない。
「もちろんです。東横線沿線ならどこまででも自宅前まで送りますよ。送り無料ですからご心配なく!」
「良かったです。助かります」
自由が丘の近くに引越しも考えたけど、家賃を考えたらそれは避けたい。今のマンションは古いからか格安で、急行の停まる駅近なのに9畳の広め1Rが5万なのだ。
「で、いつから出勤しますか?」
面接は挨拶みたいなものだけで、すぐに採用が決まって安心した。
「体入はどうします? 明日なら入れますよ」
「そうですね……」
どうしようかと考えながら店内をぐるっと見回す。
≪FANTASISTA≫は中箱だと聞いていたけど、≪Club rich≫の倍はある。もっと大きい規模のキャバクラが東京にはたくさんあるんだと思った。
ホールの真ん中には大きな水槽。青く光る水の中で熱帯魚が幻想的に揺れ泳ぐ。ほどよくライトアップされたカウンターと白い革張りのシート席には汚れもなく、店内はすみずみまで掃除が行きとどいている。
シックな雰囲気の広いホールは、窓こそないけどホテルのラウンジのようで、美しく生けられた花木があちこちに飾られ、さらなる上品さを演出していた。
≪Club rich≫もキャバクラにしては落ち着いた感じだったけれど、≪FANTASISTA≫は比べものにならないくらい洗練されている。
「体入じゃなくて、本入にしてください。明日から来ます」
この≪FANTASISTA≫の世界ですぐにでも働きたい。体験入店なしで入店を決めた。
「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ」
≪FANTASISTA≫を入るとすぐフルヤさんが案内をしてくれた。
「どうも」
「結木さまです。よろしくお願いします」
出勤初日は同伴。8時すぎに同伴で行くと連絡をしてあった。
私の担当はフルヤさん。≪FANTASISTA≫は面接をした黒服が担当になる決まりらしい。
「準備してきます。ちょっと待っててくださいね」
結木さんを席に残し、着替えに更衣室へ向かう。
「ユイカさん初日から同伴か~。力あるね」
ボーイが話しているのが聞こえた。心なしか待機席に座るキャストからの視線も違う。
≪FANTASISTA≫ではお店の女の子をキャストと呼んでいた。他にもコンパニオンとかタレントとかって呼ぶ店もあるらしい。≪Club rich≫でゆるいキャバ嬢をやっていた私は、2年も働いていたのにキャバクラ業界のことは本当に何にも知らなかったんだなって改めて思った。
たぶんこれからはゆるくなんてしていられない。専業で働くのだから。
面接も同伴も全てはキタガワさんのアドバイス通りだった。
「入店してすぐに実力を見せておくと見る目が変わる。待遇が良くなるし、なにより舐められない」
きっと最初が肝心ってことなんだと思った。
「結木さんターキー出たぞ。さすがキタガワさんの秘蔵っ子。この調子でよろしく♪」
初日同伴で、しかもさっそくボトルまで入ってフルヤさんも嬉しそう。担当キャストの成績は自分の成績でもあるから、鼻高々らしく機嫌よく対応してくれた。
着替えとヘアセットで15分。リストバッグを手に急いで席に向かう。
「お待たせしました。ユイカさんです」
付け回しの黒服に先導されて再び席に着く。
「遅くなってごめんなさい」
「いやいや、全然。新しい店の雰囲気を楽しんでいたから大丈夫。上品でいい店だね」
「ありがとうございます。もうボトルまで、すみません」
≪Club rich≫で指名してもらっていたお客さんの中で一番上品な結木さん。今日の同伴を快く引き受けてくれた。都内のメーカーに勤めていて、肩書は部長さん。
「うちは年功序列だから、たいしたことないよ」なんて謙遜するところがまた素敵だった。例えるなら島耕作みたいなスマートなオジサマで、大好きなお客さんでもあった。
「今日は入店に付き添ってもらえて本当に嬉しいです。やっぱり初日に1人じゃ心細くて」
半分本心、半分は同伴してもらうための口実だった。
≪Club rich≫は気楽な地方の箱だけど、2年間のキャバ嬢経験で、それなりのテクニックは培えた。
「なあに、会社の帰りだし。ヒナタちゃんに頼ってもらえて光栄だよ。おっと、ここではユイカちゃんか」
「あ、新しい名刺あるんです。もらってください」
印刷できたての新品名刺を箱から出して手渡す。
「二宮ユイカ名刺、結木さんが第一号です」
「おお、ありがとう」
“第一号”という響きに嬉しそうに名刺を受け取ってくれる結木さん。
往々にして男の人は“初めて”とか、“1番”って言葉や扱いが好きなんだなと、キャバ嬢を始めてから知った事実だった。
≪Club rich≫時代は本名のヒナタで店に出ていたけれど、≪FANTASISTA≫では源氏名をつけた。
「源氏名どうする?」
面接のあと、フルヤさんが聞いてきた。
「本名のヒナタのままでもいいけど、苗字は変えた方がいいだろ?」
「え? 苗字もつけるんですか?」
「うちのキャストはだいたい付けてるな」
歌舞伎町のキャバクラでは、源氏名に苗字と名前の両方を付けていて、六本木では名前だけが多いらしい。
≪FANTASISTA≫は歌舞伎町で開店したキャバクラの姉妹店だから、歌舞伎町方式で両方つけている。
「じゃあ両方とも新しく考えます。何にしようかな……」
フルヤさんと二人で考えて、「二宮ユイカ」は生まれた。
由来は、本名の三宮から1本引いて、二宮。ユイカはフルヤさんが付けてくれた。
曰く、「今まで担当した中で一番売れたキャストの名前」だとか。
「フルヤ班からはまだナンバーワンが出てないんだ。名前にあやかって売れますように!」
私を前にして拝むフルヤさん。
「やるだけやってみます」
期待されるプレッシャーが重い。でも、実際しっかりやらなきゃ稼げない。
今までみたいに腰かけバイトじゃなくて、専属としてしっかりやっていくと決意を新たにした瞬間だった。
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第3話 ユイカ(後編) は5月13日公開予定です。
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