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ポケパラノベル
ポケパラ体入>ポケノベ>キャバ嬢NO.1>第7話 不夜城(前編)
小説タイトル
イラスト:黒埼 狗

作者情報

森山まなみ
湘南でロハス&ときどきベジタリアンな生活を送りつつ、小説やシナリオ、コラムなど、しがないモノカキとして日々奮闘中。代表作「嬢マニュアル」(祥伝社)、コミック「ママはキャバ嬢」原作(講談社)など。公式ブログ→http://ameblo.jp/manami-moriyama/

小説タイトルキャバ嬢NO.1【完】 更新日時2013.07.01

第7話 不夜城(前編)

小説挿絵 新宿区歌舞伎町。
日本一ともアジア一とも言われる繁華街は、夜の世界で働く人間なら誰もが知っている。
靖国通りに面した路地入口にある「歌舞伎町一番街」のゲートは有名すぎるほど有名だし、夜ともなれば赤いネオンが輝いて、いっそう妖しさを増していく。深夜こそが、歌舞伎町の本領が発揮される時間で、本来の姿なのだ。
この歌舞伎町のシンボルは日本のネオン街の代表として、世界中の映画やドラマ、ドキュメンタリーでも多く使われるから、訪れたことのない人でも知っているはず。日本の歓楽街の象徴として……。

「歌舞伎町に新しく系列店がオープンするの。大箱の超高級店」
突然そう切り出したアン。世間話みたいにサラリと言うから、いつもの≪FANTASISTA≫情報かと思って聞いたのにビックリする。
「でね、各店のナンバークラスに移籍が打診されてて……」
ここで初めて、ただの情報じゃないって分かった。
「え? もしかして……」
アンは頷く。
「わたし以外にも≪FANTASISTA≫からはミヅキちゃんが行くことになると思う」
自由が丘店が落ち着き、本部は新たな動きを始めた。一番大きな系列店がある歌舞伎町に、さらに大きな箱を出す。戦力としてアンが望まれるのは当然だ。
私がお店を休んでいた2ヶ月の間にも世界はきっちり回っていて、立ち止まっているのは私だけ。なんだか自分が本当に情けなくなった。
「ねえ、ユイカ。もし、まだキャバクラで働く気があるなら、いっしょに行かない?」
「歌舞伎町に私が……?!」
新宿には遊びに行ったことはあるけれど、靖国通りから向こうは未知の土地だった。有名なキャバクラがたくさんあることくらいは知ってても、歌舞伎町一番街のゲートのあっち側は自分とは関係のない世界だと思っていた。
それに、キャバだけじゃなくて、ホストクラブや風俗店、ヤクザの事務所とかがたくさんありそうな歌舞伎町には怖いイメージしかない。
かくの如き歌舞伎町の、しかも超がつく高級店。まさか誘われるなんて。自分なんかに務まるんだろうか。
いきなりの提案だったから、すぐに返事ができなかった。

「……セリナさんは?」
「NO.1とNO.2の両方を抜くわけにはいかないじゃない。これからも≪FANTASISTA≫は営業していくのに」
それもそうだった。とんちんかんな質問をしたことに言ってから気付くほど戸惑っていた。
「あ……そっか。ゴメン、頭がまだ回ってないや」
アンは優しい声で言う。
「ゆっくり考えればいいよ。またキャバ嬢に戻るっていう選択はユイカには厳しいかもしれないけど……。でも、今のままいてもしかたないってことも分かってるでしょ?」
グズグズと落ちこんで外に出るのが怖くなっていたけれど、アンの言う通りだ。
このままでいいわけないって思い始めていたところに誘われたなら、きっと進めっていう啓示なんだろう。私の背中を押してくれるのはいつもアンだった。
「まだ私を必要としてくれるの? 役に立てるかどうかわからないのに……」
「≪FANTASISTA≫の元NO.1が役に立たないわけないじゃない?」
にっこりと微笑みかける眼差しに信頼を感じた。誰よりもアンに認められることが嬉しかった。
休んでいる間もずっと見捨てずにいてくれたアンの役に立ちたい。感謝の気持ちを返すには行動しなくちゃいけない。そう思った。

「アンはどうして歌舞伎町に行こうと思ったの?」
ふいに聞いてみた。まさか≪FANTASISTA≫に戻れない私のため、なんてことだったら……。
でも、アンの答えはそんな理由なんかじゃなくて、立派すぎるプロ意識からのものだった。
「キャバクラ発祥の地である歌舞伎町で、キャバ嬢としての高みに挑戦したくなったの」
凛として微笑むアンは本当に美しい。
「今の待遇に不満はないけど、他店のナンバークラスが集まる超一流店なら、キャバ嬢としてもっともっと上へ登ることができるんじゃないかって」
日本で一番の繁華街で、キャバ嬢として働けるだけでもステイタス。そんな選り抜きのキャバ嬢が揃っているであろう歌舞伎町でだって、絶対にアンは負けないだろう。
「私も、アンといっしょにキャバ嬢としての最高峰に立ってみたい」
自然と口から言葉が出ていた。


☆★☆
翌々日の店休日に、アンと2人で歌舞伎町に向かった。
東急東横線で渋谷へ。そして、JR山手線に乗り換えて新宿までは、ほんの20分ほどで到着する。
「歌舞伎町の店に移るなら寮に入るつもりなんだけど、ユイカはどうする?」
車内でアンが聞いてきた。今、アンが住むマンションは東急大井町線だから、中目黒駅からの私よりも乗り換えが1回多くなってしまう。時間的にはそんなにかからないけど、通勤が便利な寮には敵わない。
「寮か~。どのへんなの?」
「新大久保とか中野、高田馬場あたりだって」
細野さんが紹介してくれて入居したマンションはとても居心地が良かった。でも、広川さんとの思い出が多い部屋だから、いつまでも立ち直れないのかもしれない。
「私も引っ越そうかな……」
「じゃ、聞いてみるわね。隣の部屋とか空いてると嬉しいんだけど」
アンが隣ならこれほど心強いことはない。移籍に引越し、心がどんどん軽くなるのを感じた。

新宿駅の東口を出て、アルタから靖国通りまでは知った道だった。慢性的に渋滞している靖国通りの交差点を渡り、セントラルロード入口のドンキホーテ前で歌舞伎町店のスタッフと待ち合わせをしていた。
「日曜の昼間だけあって人が多いわね」
待ち合わせは午後3時。歌舞伎町とはいえ、道幅の広いセントラルロードは観光客らしき団体や家族連れで賑わっていた。
「この辺はまだ安全っぽいけど、もう歌舞伎町?」
「住所的にはそうね。歌舞伎町1丁目よ」
買い物や食事でブラブラ歩いている人が多いけれど、ちらほらと怪しい看板も見える。
コマ劇場があった方を指差してアンが言う。
「あっちの歌舞伎町の奥の方に向かうとガラリと様子が変わるわよ」
欲望渦巻く歌舞伎町の本当の姿を想像すると途端に緊張が走った。
ドキドキしながら聞く。
「新しいお店はそっちの方なの?」
「高級店ばかりの区役所通りだから比較的落ち着いてると思うわ。キャバクラ激戦区であることには変わりないけど」
キャバクラ激戦区。アンの言葉でいやがおうにも緊張が加速した。

「すみません。お待たせしました」
ドンキホーテの前に立つ私たちに声を掛けてきたのは、頭髪が薄くなった小太りの男性だった。
「ユイカ、こちらはモリナガさん。新店のチーフでキャストの移籍を対応してくれてるの」
「お世話になります。ユイカです」
深々と頭を下げるとモリナガさんも汗を拭きながらお辞儀をしてくれる。
「モリナガです。こちらこそよろしくお願いします。即戦力のキャストさんは大歓迎です」
戦力になれればいいんだけれど……。その言葉は口に出さずにおいた。
「まだ完全に工事が終わってないんですが中も見ますよね?」
「はい。ぜひ」
モリナガさんが行き先の方向に歩き始めた。
「区役所通りに面したビルなので分かりやすいと思います。靖国通りから来てもいいですし、上のスカウトやキャッチがうるさいって子は地下のサブナードから来ますね」
後ろに続く私たちに道順を案内してくれる。
「地下街とか迷いそう~」
「ははは、慣れれば大丈夫ですよ。駅の地下からはメトロプロムナードを通ってサブナードに入れます」
気さくに話してくれるモリナガさんは気の良いオジサンっていう感じだった。
「区役所通りに出たら左折してください。風林会館を過ぎて……こちらです」

≪club de bloom≫
店名が石板に刻まれている。
「これ、大理石ですか?」
アンが聞くとモリナガさんはドア横の壁をなでながら答えた。
「ええ、よく分かりましたね。社長のこだわりです。この壁も大理石を砕いて塗り込めているそうです」
白と黒とでスタイリッシュにデザインされていて高級さを感じた。外観を少し離れて眺める。
「キャバクラとは思えない店構え……」
呟きつつビルを見上げると、両側に看板が並んでいた。7階までのほとんどがバーやクラブの飲み屋のようで、空き店舗はない。歌舞伎町のメインストリート、区役所通りに面した一等地という立地にあるビルの1階に作られた新店、≪club de bloom≫。しかも、入り口はビル内ではなくて路面にある。
「こんなにすごいロケーションって、まずないですよね。本社の力の入れようが分かります」
きっとものすごくお金をかけてるんだなって、アンの言葉で思った。
「中はもっとすごいですよ。どうぞ」
含み笑いをしながらモリナガさんはドアを開け、私たちを店内に進ませた。

「ミシュランの高級レストランみたい♪ 行ったことないけど」
「ユイカったら」
入ってすぐにレセプションとロビーがあり、先にまた両開きのドア。そのドアの奥に明るく大きなフロアが広がっていた。
「な、なにこれ?!」
フロアに進むとさらに驚きの光景が目に飛び込んだ。
円形のステージの真ん中にグランドピアノ。真上はステージと同じように丸く吹き抜けになっていて、天井から大きなシャンデリアがぶら下がっている。
「シャンデリアは総スワロフスキーです。輝きが素晴らしいでしょう? ステージを中心としたラウンジ風の席になっていて、ゆったりめの40卓になります」
ステージを取り囲むように低くて重厚感のあるソファが並ぶ。私たちの驚く顔に嬉しそうなモリナガさんは、歩みを進めて説明を続けた。
「こちらへどうぞ」
手招きしてくれたグランドピアノ横まで進むと、「後ろを」と手で示して振り向かせた。
「マジで?!」
「予想以上ね……」
ホール入り口の両開きのドアを挟むように、左右対称の総石造りの階段が2階へと続いている。天井が高く解放的な吹き抜けの左右にロフト席があるようだった。
「1階がメインフロア、2階席はVIP専用になります。さ、上がりましょう」
言葉が出ないほどのゴージャスさにアンと2人で黙ってモリナガさんの後についた。
「店内を見下ろせるロフト部分は左右に2卓のみですが、VIPルームが大小あわせて3つあります。一番大きい部屋はバーカウンター付きのプライベートサロンです」
それぞれの部屋を見て、また1階へ降りる。
贅沢すぎる空間に圧倒されて、ただただ店内を見回すばかりの私とアンに、モリナガさんは聞く。
「何か質問はございますか?」
「あ、ありません」
「ないです」
「では、次はシステムの説明を。どうぞお座りください」
モリナガさんは満足そうに微笑んだ。


☆★☆
≪club de bloom≫の見学から10日後、私は早々と寮へ引越しすることにした。
「本当に嬉しい。アンと同じ部屋に住めるなんて♪」
本社が寮として借り上げているマンションのうち、ちょうど空いていた高田馬場の2LDKをアンとシェアすることになったのだった。
「わたしが行くまでの1週間で荷物ちゃんと整理しておいてよ? だらしないのは嫌いなんだから」
「分かってる~。アンのキレイ好きは部屋を見て知ってます~」
実際、アンの住む部屋はモデルルームみたいに掃除が行き届いて整理整頓がされていた。
「リビングとかの共用部分はアンにお任せします。私、文句言わない。キレイに使います!」
「よろしい」
「うわ、偉そう!」
「うふふ」
ひとしきり笑いあったあと、アンが心配そうに言った。
「明日は本当に手伝わなくて大丈夫なの?」
「うん。業者のおまかせパックにしちゃったから大丈夫だよ。それに朝イチだから、来るならアンちっとも寝られないじゃん」
営業後はアフターなしで帰っても寝るのは午前3時くらい。引越し業者は8時に来ることになっていた。
「じゃあ、お昼ごろ二八庵のお蕎麦でも持って行くわ。引越し蕎麦でランチにしましょ」
「わーい♪ 二八庵大好き。同伴でもよく行ったよね」
「そうね。細野さんでしょ?」
「そうそう」
私たちはしばらく≪FANTASISTA≫の思い出話で盛り上がり、アンは同伴のために帰って行った。


ピンポーン♪インターホンが鳴る。
「はーい」
「二八庵です」
「あはは、アン! いらっしゃい」
1階フロントの自動ドアのロックを解除して5分。ようやく14階の部屋にアンがやってきた。
寮とはいえ、セキュリティ完備の高級マンションだから女2人暮らしでも安心だった。
「いい眺めね。新宿の高層ビルが見えるわ」
「うん。夜景も楽しみ♪ 贅沢な部屋だよね」
ベランダから外を見ながら2人で話した。
「もう戻れないわよ」
「分かってる。やるしかないって。もう前しか見てないよ」
≪FANTASISTA≫も思い出深いマンションも離れることになって、もう広川さんのことは吹っ切っていた。
「2ヶ月のブランクがちょっと不安だけど」
「それくらいならブランクのうちに入らないわよ」
「そうかな~。歌舞伎町で通用するかってのも怖いし」
なんせ日本一の歓楽街を経験したことがない。仕事内容はどこも同じようだとしても、歌舞伎町のキャバ嬢がどんな接客をするのかも想像がつかなかった。
「なんならちょっとリハビリしておけば? オープンまで新宿の系列店で働けるってモリナガさんが言ってたわ」
「1人で新宿店?!」
アンはギリギリまで自由が丘で働くから、必然的に1人になってしまう。
「じゃあ、お客さんとして様子見する? お客さんとしてキャバクラで遊んだことないでしょ?」
「あ、それいい! ナイスアイデア♪」
「まずは誰に連れてってもらうか考えなきゃよ。わたしも探しておくわ。いっしょに行きましょ」
「うん! 楽しみ~♪」
新しい環境に飛び込む準備を、私は着々と進めていった。


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第7話 不夜城(後編) は7月8日公開予定です。

■注意■

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  • ●この小説の著作権は「ポケパラ」にあり、無断転載(部分引用含む)は禁止です。
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