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2013.08.19
作者情報
| 森山まなみ |
| 湘南でロハス&ときどきベジタリアンな生活を送りつつ、小説やシナリオ、コラムなど、しがないモノカキとして日々奮闘中。代表作「嬢マニュアル」(祥伝社)、コミック「ママはキャバ嬢」原作(講談社)など。公式ブログ→http://ameblo.jp/manami-moriyama/ |
キャバ嬢NO.1【完】
2013.06.24
第6話 ≪FANTASISTA≫幻のNO.1(後編)
ピピピピピ……。
スマホのアラームが鳴る。朝8時。ベッドからモゾモゾと抜け出して、窓を開ける。
「天気いい~♪」
朝の空気はデトックス作用があるらしい。気持ちいい日差しをたくさん浴びて1日をスタートさせる。
朝食は、得意のフレンチトーストにはとっておきのコンフィチュールジャムとホイップを添えて。スープの具はありあわせだけど野菜たっぷり。フルーツはイチゴとバナナ。そしてヨーグルト。
「やっぱりロミユニのコンフィチュールは美味しい~♪ 今度アンにも買ってきてあげよ」
水商売だからってダラダラ寝てたりしないのだ。休日もちゃんと早起きして食事をするのがモットー。しっかり朝ごはんを食べたら活動開始だ。
「さ、洗濯しよ」
ベランダに布団と洗濯ものを干す。眼下には目黒川。
ほんの先月、短大を卒業後に住んでいたアパートから中目黒に越してきた。
アンのストーカー事件で心配したフルヤさんの勧めで、私もセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越すことにしたのだった。
「自由が丘近辺の物件なら任せなさい!」
“引越しなら細野さん”ってくらい、≪FANTASISTA≫のキャストや従業員はみんな、不動産店を経営している細野さんに相談していた。昔から店に付いてくれてる太客だけあって信頼も厚い。
指名してもらっている私も当然、細野さんに頼むことにした。
「狭くてもいいので、あんまり高い部屋は……」
セキュリティ重視のマンションは家賃が高いイメージだった。でも、家への仕送りを考えると部屋にお金をかけるわけにいかない。
「ん? あ、そうか。そうだな」
細野さんもそのへんの事情を知ってくれていて、かなり金額を抑えた部屋を準備してくれた。
「こんなに良い部屋なのに7万円?!」
内覧では本当にびっくりした。駅から徒歩10分。マンションのロビーには24時間体制で管理人がいて、防犯カメラがいくつもあり、強固なセキュリティで守られている。しかも、オシャレなデザインのワンルームマンションなのだ。
「ここ、知り合いがオーナーなんだよ。だからさ、仲介料も手数料も格安にして、そのぶん家賃も下げたってわけ」
「いいんですか? 何だか悪いです……」
「いいの、いいの。家族のために頑張ってるユイカちゃんを応援したいんだ」
笑顔で言ってくれる細野さん。ありがたくて嬉しくて、感謝してもしきれない。
「本当にありがとうございます!」
引越し当日はフルヤさんやボーイくんたちが半日掛けて荷物を運んでくれた。
「いい部屋じゃないか。この辺りは立地も治安もいいし。やっぱり細野さんに頼んで正解だったな」
「みんな、ありがとう。助かりました」
休日を割いて手伝ってくれたみんなに焼肉をご馳走し、少ないながらも心付けを渡したけれど、それでもずいぶんと安上がりに引越しができた。
「私は人に恵まれてますね」
「水商売だって真面目にやってれば、ちゃんと認めてもらえる。人も付いてくる」
フルヤさんの言葉に、自分がやってきたことに少し誇りが持てた夜だった。
☆★☆
広川さんの休日は私のマンションでいっしょに過ごしていた。
私が≪FANTASISTA≫の日は飲みに来てくれて、閉店後にはアンも交えてアフターへ。そのあと、私の部屋にいっしょに帰る。店休日は1日中いっしょだった。
買い物をしたり、映画を観たり、普通のカップルと変わりない。そして、私も休みの日は外食じゃなくて、手料理をふるまった。
「美味かった~。やっぱ辛い飯は箸が進むな。超腹いっぱい。ごちそうさん」
今日のメニューはグリーンカレーに生春巻き、サーモンとアボガドのエスニックサラダ、ココナッツミルクアイス。2人とも好きなアジアンフードにした。
「ふふふ、よかった」
いつもキレイに平らげてくれるから作りがいがある。食後のコーヒーを飲みながらテレビを見ていたら、広川さんがゴソゴソとバッグから何か取り出して持ってきた。
小さな包みを私の前に置き、座り直して真面目顔で言った。
「オレと結婚してくれる?」
ティファニーブルーの箱を開けると中には指輪のケース。
「本当に……?」
広川さんは微笑んで頷くと、指輪を私の左手薬指にはめた。
「次の休みには実家に行こう。親父とお袋に会ってくれ」
「……はい」
胸がいっぱいで言葉をつなげない。ただただ嬉しくて泣いてしまった。
「幸せにするから」
「うん」
翌日は朝から広川さんは仕事だった。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「今度は長崎だっけ?」
「ああ、土産は何がいい?」
「なんでもいいよ。安全運転でね」
長距離トラックでの長旅は心配で仕方がない。
「大丈夫、いつも通り走るだけだ。行ってきます」
玄関のカギを掛けると、今度はベランダへ移動する。目黒川に面してマンションの入り口があるから、見下ろして広川さんが出てくるのを待つ。その間、キラキラと光る目黒川の水面を見ていた。
「キレイ……。光が眩しいくらい」
反射する光の中で広川さんが手を振って歩いていく。私も大きく振り返した。
「幸せだなあ……」
思わず呟く。信頼できる仲間、順調な仕事、素敵な恋人。そして結婚。何もかもが軽やかに回っている。
幸せすぎて怖いくらいだった。
☆★☆
たくさんの参拝客で賑わう池上本門寺。96段の階段を登り、本殿でお参りする。
「歴史あるお寺なんだね」
散策しながら広川さんと話す。
「力道山の墓もあるんだぞ。って、力道山なんか知らないか。プロレスラーなんだけど」
この池上本門寺の近くに、広川さんの実家がある。都内なのに、ものすごく豊かな自然があった。
「下町だから地味だろ? あんまり面白味のない町だ」
「ううん。落ち着いてて好きだな」
散策のあと、両親にご挨拶をしに広川さんの実家へ行った。平日だったからお父さんはいなくて、帰り際に働いている工務店に寄ることにした。
「可愛らしいお嬢さんじゃない。あんたにはもったいない!」
元気なお母さんにそう言われて照れてしまう。28歳の広川さんよりもずいぶん年下の私だから、頼りない印象にならないようにしっかりと挨拶をした。
「今日はお招きいただきまして、ありがとうございます。こちら、つまらないものですが……」
この日のために用意した地元茅ケ崎の名物「しらす煎餅」を手渡す。
「あら~、気を遣わなくていいのに! ありがとう」
お茶と和菓子をいただきながら3人で談笑した。話が私の仕事に及んだときのことだった。
「保育士さんなんだよ」
よどみなくそう答えた広川さん。私は思わず彼の顔を見やった。
確かに保育士だった。でも、今は違う。
「保育士さんなら子どもが生まれても安心ね」
「結婚したら仕事は辞めて家に入ってくれるってさ」
「あら、嬉しいね。すぐに孫の顔が見れそうだわ」
広川さんは今の私の仕事のことは言わなかった。
どうして?
その場ですぐ聞けなかった。うつむいて湯呑を見つめていると、広川さんが立ちあがる。
「日向、オレの部屋、2階だから」
「あ、うん」
「ごゆっくり」
「はい。ありがとうございます」
階段を上がり、3つある部屋の1つ入ると広川さんはドカッとベッドに腰を下ろした。
「この部屋に2人は狭いよな。隣の客間を寝室にするか……」
結婚後のプランを練っている広川さんに、黙っていられなくて聞いた。
「どうして嘘をつくの?」
「な、なんだ急に? 嘘?」
「私がキャバクラ嬢じゃいけないの?」
そのことか……という感じに広川さんは視線を下に向けて溜息をつく。
同時にドアが開き、お茶のおかわりを持ってきたお母さんが言った。
「キャバクラ? なんのこと?」
怪訝そうな顔で聞くお母さんに思い切って告白する。
「私は今は保育士じゃありません。キャバクラで働いています」
「おい、日向」
焦る広川さんをよそにお母さんに向かい合うけれど、お母さんは私ではなく広川さんに聞く。
「どういうこと? キャバクラってのは飲み屋でしょ? あんたがどこで飲もうと遊ぼうと勝手だけど、水商売の子を家に入れるのは勘弁だよ」
歯に衣きせず私の前できっぱりと言った。
偏見を持たれてしまうことは覚悟していたから、こんなことくらいではへこたれない。
「私は誇りを持って仕事してます。目標のためにキャバクラで働いているんです」
「水商売にだっていい人はいる。それは分かってる。あんただって悪い子じゃないと思うよ。でも、それとうちの嫁になるのとは話が違うの。近所中の噂になるようなことをしたらご先祖様に申し訳がたたない」
個人よりも家が大事とばかりの言いぶりに、思わず絶句してしまった。でも、私は家と結婚するんじゃない。広川さんと結婚するんだ。黙ったままの彼に聞く。
「……広川さんも私の仕事を認めてくれないの? キャバクラ嬢ってそんなに蔑まれるものなの?」
また一つ大きな溜息をついて広川さんは答えた。
「いくらオレがトラックの運転手だからって、水商売の底辺女と結婚したって知れたら、世間の笑いもんなんだよ」
「……ひどい。底辺て何?そんな風に思ってたの?!」
信じていた、愛して一生を共にと思っていた人からの我が耳を疑うほどの酷い言葉。私の心は怒りと悲しみ、そしてやりきれない思いでいっぱいになった。
「もう……会わない。顔も見たくない」
私は泣きながら広川さんの家を飛び出した。
☆★☆
どこをどうやって帰ったか覚えていないけれど、気が付いたら自分の部屋にいた。顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
その日、私は初めて無断欠勤をした。出勤時間になっても現れないのを心配して、いつもは放置プレーのフルヤさんもさすがに電話をしてきた。
『ユイカか? どうしたお前? 何かあったのか?!』
涙がまだ止まっていなかった。人はこんなにも泣き続けていられるものなのかと思うくらい長い時間が経っていた。涙声で話す。
「ご……めん……なさい。今日……は、休……ませて、くだ……さい」
「ユイカ?! ……分かった。今日は休め。あとアンとで行くからな」
そう一言言うと電話は切れた。
次に気がついたとき、私はベッドの上でアンに起こされていた。
「あれ……アン?」
目を開けるとアンの顔があった。隣にはフルヤさん。
「ユイカ! よかった……。意識はちゃんとしてる? 具合悪くない?」
起き上って時計を見ると午前2時を回っていた。2人は営業後すぐに駆けつけてくれたらしい。
「うん。大丈夫……」
「ごめんね。電話しても出ないから勝手に入ってきちゃった」
もしものためにアンには合いカギを渡していた。
「お前ねー、電話口であんなに泣いてたら、ヤバイことになってるんじゃないかって心配すんだろ?」
緊張が切れたフルヤさんが床に座り込んだ。
「ま、とにかく生きてんならいいわ。オレ、店に戻るから。後片付け放り出してきたし」
「……ごめんなさい。ありがとうございました」
「あとはアンに聞いてもらえ」
言い残してフルヤさんは静かに部屋を出て言った。
「広川さんと何かあったの?」
聞きづらそうに口にしたアン。今日、広川さんの実家へ行くことを教えていた。
アンが入れてくれたホットミルクを両手で持ち、湯気を顔に当てながら伝える言葉を探した。
「広川さん、店に来たのよ。でも、いっしょのはずのユイカはいないし、指名はしないし、わたしを席につけないでくれって」
「……≪FANTASISTA≫に来たの?」
私にあんな仕打ちをしておいて、≪FANTASISTA≫に顔を出すなんて、どういう神経をしてるんだろう。
「広川さんとは結婚しない。もう会わない」
もう言葉を選ぼうなんて思わなかった。私は今日のことを包み隠さずアンに話した。黙って聞いていたアンだけど、その顔はだんだんと険しくなっていく。
「わたしたちを下に見てたわけね。つまりはイイ人ぶって優越感に浸ってただけ」
「結局、私よりも親や世間体を選んだんだよ」
話したらまた目に涙が浮かんできた。
「ユイカ……」
アンがそっと私を抱きしめる。
「キャバクラで働いてたらダメなの? 私、この仕事を恥ずかしいなんて思ったことないのに」
「認知度は上がってきたかもしれないけど、一般的にはまだまだ偏見の多い仕事よ。ましてや親世代からしたら余計に目は厳しいわ」
「私、もう店に出れない。お客さんにどう接したらいいか分からない。みんな、心の中では私を蔑んでるんだよ。底辺の女って……」
どんな慰めの言葉でも傷が癒えるとは思えなかった。
私はそれ以来ずっと部屋に引きこもり、≪FANTASISTA≫を休み続けた。
☆★☆
フルヤさんの計らいで≪FANTASISTA≫は長期の休暇ということになっていた。もうすぐ休み始めて2ヶ月が経つ。季節は夏になっていた。
アンが心配して毎日のようにやってくる。
「最高級の湘南豚ロースよ。ポークステーキにしましょ♪ 鎌倉野菜も買ってきたわ」
気を遣って私の地元の名産を持ってきてくれる。でも、高級すぎて故郷の味というよりも贅沢品だった。
「こんなにいいもの食べたら運動しなくちゃじゃない……」
「ジムでも行く? 付き合うわよ」
アンのおかげで少しずつ外に出れるようになっていた。
私がいないのをいいことに広川さんは来店を続けているらしい。だからかアンは無理に≪FANTASISTA≫への出勤を勧めなかった。
でも、このままでいいわけもない。
「ねえ、ユイカ。もし、まだキャバクラで働く気があるなら、いっしょに新宿に行かない? 歌舞伎町のキャバクラに移籍の話が出ているの」
「歌舞伎町……?」
思いがけない誘い。違う環境に自分の身を置いたら、この苦しみから逃れられる?
23歳の夏、私はまた新しいトビラを開こうとしていた。
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第7話 不夜城(前編) は7月1日公開予定です。
イイネ!
22人がイイネ!と言っています。
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